「随分目立つ様になったな…。
もう、蹴ったりするのか?」
「うん、時々ね…。
『早く世の中に出たがってる』ってみんなよく言うけど、この子はロイに似て、冷めた子みたいだわ。
淡々と『その日』を待ってるみたい。」
お腹を擦るエマの眼差しは慈愛に充ちていた。
(これが母の喜びというやつか…。
どれほど剣術修行をしても、料理や演劇を勉強してもこの喜びには換えられないのだろうな。)
ロイが劇場に来なかったのは、エマが妊娠したからだった。
あの日からまた時は流れ、最初は私も衝撃を受けたが、今は私も子供が生まれるのが楽しみだし、日に日に母の顔になってゆくエマを見るのも好きだった。
「リディアちゃんの方はどうなの?
兆候はないの?」
「ま、まだに決まってるだろう!
婚姻の儀は来月だ!
未婚の男女がそういうことが出来るわけないだろう!」
「今さらそんな優等生な騎士団長様みたいな言葉言っても説得力ありませんよ~だ!
だってあの日リディアちゃんは…。」
****
「王室と殿下は私が守ります!
たとえ市民達を政の 中心に据えようとも、王族の誉れが消えてなくなるわけではありません。
語り継がれるべき伝統は、私が受け止めます。
ハイネ殿下…貴方をお慕いしています。
冬の日に贈られたダイヤモンドの婚約指環を…。
…どうかこのまま受け取らせてくださいませ…。
返事が遅れて申し訳ございません。
私、リディア=ロンドは国と殿下に身を捧げる為に生まれてきたのです。
誰かはそれを忠誠と呼ぶでしょう。
しかし、私はこの気持ちを愛と呼びたいのです。
『明日、私が死ぬとわかっていても、今日、私はオレンジの種を植えよう』とのコーラン教徒の言葉です。
好きです
ハイネ…」
「その返事が聞けるとわかっていたら、僕も最初からこの命を投げ出そうなんて思わなかったよ。
リディア、愛してる。」
「いけません殿下!
王家の口付けをこのような場所で…。
ンムゥ…駄目…。」
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私達二人は、国立図書館で研究しているハイネ様とロイにお昼を届けに向かってる最中だ。
『旧世界』の書物から、王室を残しつつ民主化させる方法を検討中らしい。
勿論、あの父娘の協力を仰ぎながら。
ハイネ様が発掘現場で陣頭指揮を執り、土まみれ、泥まみれになる日も近いだろう。
けど、私と私の身体に何かあった時は、早く帰ってきてくださいね。
(完)
あとがきに続く