七日目
それでも悠子社長は出て行かなかった。
朝起きれば、俺の部屋の台所の床で背を向けて寝ていた。
昨夜俺がぶつけた彼女への怒りは、不安に近いものだったと思う。
相手側の感情一つで、社会に存在する自分を全て握り潰されるかもしれない恐怖。
俺は上司であり、(一応)既婚者である悠子と結ばれた重みを改めて知った。
それと同時に、綾乃ちゃんが重ねてきた不安と孤独が少しわかってきた気がした。
それを興味本意で聞かれたくもないことを俺は聞き出そうとしたんだ…。
謝りたい…。
でも、目の前で眠り続ける悠子を置いてまで、綾乃ちゃんを見送りに行くべきか?
と躊躇する気持ちが生まれる。
じゃあ、何故、悠子は俺に出発時間を教えて、綾乃ちゃんは悠子社長に教えたのだろうか?
わからない。
この出発時間が正しくないかも。
ただ皆が何処かで救いを求めてるのは、こんな俺にもわかることだ。
俺は合鍵と置き手紙を置いて、悠子が起きない内に出発した。
「ここに居たいなら好きなだけ居ていい。
でも、帰りたくなったら、この鍵はポストに入れて帰ってくれ。
里中源太 」
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「武井さ~ん!」
「里中さ、何でここが?どしてわかったさ?」
「社長に出発時刻伝えたんだろう?」
「言ってねぇべや。
ただ、私の実家、すげー田舎の離島だから、この時間の新幹線じゃねぇと、半日近く待ちぼうけなるだって、昔、社長に話したことがあるだ。
社長、その話を憶えてて…。」
「離島か…。綺麗なトコなんだろう?
行ってみたいな…。」
「あぁ、そりゃ駄目だ。今は来ねえでけれ。」
「今は?そんな嫌うなよ?」
「そうじゃねえだ。泊まる所がウチしかねえだ。
そったらこと駄目だぁ。」
「楽しそうだな。
いつか…気持ちが落ち着いたら行ってみたいよ…。」
「んだ。いつかな。そん時は大歓迎だ。里中さ、ありがとう。」
「あぁ、こっちこそありがとう。」
****
「へー、いつの間にか格好よくなったじゃない?」
「悠子さん!?
来てのかよ?」
「見送りの見送りって奴ね♪」
「あんだけ寝ててよく追いついたな?」
「イラついた時は愛車を飛ばすに限るって言ったでしょう?
それより良かったの?同じ新幹線に飛び乗らなくて?」
「俺には先にやらなきゃいけないことがあるからな。」
「やること?」
「あぁ、悠子さんの旦那さんを一発ブン殴るのが先だからな!」
完