「それでは皆様、行って参ります。」
黒いスーツにワインレッドのネクタイを締めた壮年の男は、しっかりと傍らの女性の手を握りしめ、店先で見送るスタッフ一同に丁寧に挨拶をした。
「ウチの副店長を3日も貸すんだからね。
神戸土産楽しみにしてるわよ。」
去年、一昨年よりも体格が良くなっていく?店長は気だるそうに、そしてわざとらしい冗談を言うのは、誰よりも二人の出発を祝福してるからだ。
「はい、勿論です。
瞳の故郷である神戸土産を楽しみにしててくださいませ。」
「ちょっと、それよりもちゃんと結果報告してくださいよ!
お二人の成功は、私達にとっても凄く参考になるし、励みになるんですから…。」
「奈々子の言うとおりだ、バラム…いや、原…さん。
貴方達はただ自分達の幸せだけを考えてほしい。
そこから生じる軋轢は、私と姉上達で全力で助けることを保証する!
さぁ、早く行ってください。遅れてしまいますよ…。」
「サタン様…何という勿体無いお言葉!
ソロモンNo.51バラム恐悦至極に存じます…。」
「やめよ、バラム。
ここは人間界だ!
余はただの雑貨屋アルバイト店員の佐田星明に過ぎぬ。
そして北御門副店長は余の上司であり、お前は悪魔バラムではなく、人間・原宗時として、北御門さんと一生を共にする約束をしたのであろう?
これから家族の主となるものは堂々としていればいい。
但し、北御門さんのご両親には平身低頭にな。
『ユダヤを苦しめた呪術師』の記憶はたかだか3000年前の昔話に過ぎぬ…。」
「北御門さん、これが終わったら挙式なんですよね?」
「うん、ウチの親のあの口調なら反対はしないと思うわ。
反対されても宗時さんとは別れないけどね~。」
「はいはい、幸せ絶頂期なのは十分にわかりましたから、早く行ってください!」
「あ~、つれないなぁー奈々ちゃん。私、ブーケは奈々ちゃんにあげるつもりなのに~。」
「あ~、それは絶対にほしいです!」
「瞳、本当に時間だ。
先方を待たせてはいけません。」
「じゃあ行ってきま~す!」
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副店長の北御門瞳さんは、実家がある神戸に向かった。
勿論、ご両親の挨拶の為に原さんを伴って。
人間でありながら悪魔扱いされたバラム。3000年前の記憶と呪術師であり占い師である原宗時さんが、私達の副店長である北御門さんと「人並みな結婚」をする。
それは私と星明に取っても希望の星であった。
(続)