今日、1月17日は阪神淡路大震災から20年が経過しました。
私は毎年この時期に鎮魂と哀悼の意を込めた記事を綴っています。
もしよろしければ、2012、2013、2014年の記事もお読みくださいませ。
震災後に生まれた子供がもう20歳。
震災を直接体験していない者達が、日本と世界を支えてる時代になってきてるのですね。
1995年、関西学院大学の学生が一本の映画を作成したことがニュースに取り上げられました。
監督の学生さんはインタビューで言います。
「みんな震災で6000人が亡くなった、って言ってるけど、報道とか統計ってのは 一度に6000人が同時に亡くなったって風に思われるんです。
でも、僕達に取って、彼が亡くなったこと、彼が生きていたことはやっぱり特別なんです。
だから彼が写っているフィルムを繋ぎ合わせて作成した映画は僕達に取って特別だと言うことを知ってほしいんです。」
と答えていました。
あれから20年。
その映画に特別に執着を抱くわけでもなく、テレビで紹介された内容も、亡くなった彼の顔も、学生映画監督の顔も思い出せません。
しかし、報道のインタビューで応えていた彼の言葉は忘れたことはありませんでした。
やはりや家族親友の死は自分に取って違って当然なのです。
統計の総和じゃないんです。
「地震とは何か?」と聞かれたら、物理に詳しい人ならば、地殻変動だの、マントルだの、プレートだの、レーマン面だの、モホロビチッチの不連続面だの、P波とS波の時間の差異を初期微動継続時間と呼ぶなどで説明出来るのでしょうけど、
「何故、1995年1月17日に地震が起きて、6000人もの命が奪われ、何故、その命が自分ではなかったのか?」
を説明することは誰にも出来ません。
私のブログを継続して読まれてる方なら解ると思いますが、絶対的な白黒の前に、
「まず自分が存在している」
ということを忘れないでください。
「白黒をつけれない」
「絶対はどこにもない」
という言葉さえも「貴方が選択した」という大前提があってこそ、情報は知識になり、知識は知恵になり、命に魂が宿るのです。
長い人生の中で
「何故、死なねばならないのか?」
を問うことは多々あるでしょう。
しかし、生まれてきた意味も、理由も完全に説明することは不可能です。
ただ一つ言えるのは、今現在、「私と貴方は生きている」です。
「今日の命にありがとう」終