嵐が連れて来た鶏子ちゃんが生んだ卵。
庭師の月之介が取り上げ、調理師の雪之介が作ったオムレツ。
それは本当にふんわりあっさりしていて、ケチャップがなくとも十分に美味しかった。
朝が苦手な私は、時間がない事を理由に雪之介が作った朝ご飯をぞんざいに扱ったことが何度もあった。
今朝のオムレツは、そんな私に「ごめんなさい」を、そして私の家族と使用人に「ありがとう」を思い出させるには十分だった。
「お、美味しかったよ…。
ありがとう…嵐さん…。」
「作ったんは雪之介さんや。
母さんだってあんな上手く料理出来ひんわ。
俺からもありがとう、雪之介さん。」
「雪之介、ありがとう、本当に美味しかったわ。
ごちそうさまでした。」
「るんお嬢様、そのお言葉は相野家の料理番、霧雨雪之介にとって最上の賛辞であります。
嵐様には感謝しています…。
しかし、困りましたね、いえ、贅沢な悩みと言うか…。
嵐様、確かニワトリというのは…?」
「あぁ、雌鳥は一日一個しか卵を生まん。
いくら鶏子でもそれだけは例外とちゃう。」
「おぉ、雪之介!それなら明日は私が食べる番ね♪
今から楽しみある♪」
「ご予約ありがとうございます、凛子お嬢様。」
朝食のテーブルが会話で賑わうなんて何年ぶりだろう?
会話なんてお母さんとパパが株価や会社の人事の話するだけだし…。
嵐は確実に新しい風を私達に持ち込んだ。
しかし、爽やかなそよ風が文字通り「愛の嵐(あらし)」に変わる可能性も全くゼロじゃなくて…。
私は何だか場の空気に堪えられず、
「ごめん、今日は舞と朝練だったの忘れてた!
行ってきます!」
「朝練?陸上部か?」
「おぉ、嵐。るんは残念ながら軽音部でギター弾いてるね。
空気抵抗なさそうな体型だから足は早そうなのに勿体無いね。」
「…たまには凛子も賢いこと言うじゃない…。」
「あ~、麗香はまた私をバカにして!」
「呼び捨てにしないでって言ってるでしょう!
そんなんだから…。」
「麗香様、団らん中申し訳ございません。
私達もそろそろ…。」
「全く、書記も会計も役立たずの生徒会ね…。
顧問の更迭も検討してると言っときなさい。
行くわよ、雪之介。
凛子、嵐くんの学校の案内は貴女と月之介に任せるわ。
全く…ただでさえ忙しいこの時期に…。
優秀な下僕か、疲れを癒してくれる彼女が欲しいけど、忙しいから出会いがないこのスパイラル…悲劇だわ…。」