精神のシンクロは200年を越えて | 最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

時代が悪いのではなく、
時代が情熱を持ってないことを嘆く。

ユダヤ(ユダヤ人の税の徴収人、もしくは高利貸し)が貨幣を誤魔化すことを、主の神前で「知らぬ」と言い通せるのか?

そんな時、僕は

旧約聖書とシェークスピアに帰っていく。
語ってるのは人間だからだ。

時代を越えて人は罪を犯すから。

byキルケゴール「あれかこれか?」より。

はい、全く今はこの気分です。

唯一神、絶対神への信仰が揺らぐ時は、人間の人間らしさを礼賛するしかないのか?
シェークスピアはギリシャ神話の引用が多いそうですが、新約に対する「リアリズムの弊害」は、ユダヤとギリシャの「フィクションによる清涼」で2000年のバランスを取ってきたのだろうか?

つくづく、「万能の神でないことを思い知る為に生まれてきたんじゃない」と叫びたくなる。