「投手」高坂漣が徳川実業の四番を打ち取っても、流れは北条学園に傾かなかった。
自分が凡退しても、それを守備に影響を出さないのは、千石が打者以上に、一流の捕手である証拠だった。
冷静に相棒の投手牧野をリードし、北条学園の六番からの攻撃を三者凡退に打ち取った。
しかし、流れが来ないなら、自ら流れを作ろうとするのが高坂漣という男だった。
牧野の投球へのお返しとばかり、六回のマウンドに立つ高坂も、徳川実業を三人で仕止めた。
しかも全て三球勝負のストレートオンリーだった。
「高坂くん凄い…。
何か別次元だね…。」
「うん、徳川実業の選手が全く打てないなんて、これって…。」
『高坂くんが投げれば甲子園も夢じゃない!』
決して野球を知らない女子の希望的観測ではなかった。
マウンドで躍動する高坂は、味方に夢を抱かせる選手だった。
その影響を最も受けたのが、同級生の三好秋彦だった。
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六回の裏。
打順は9番に入ったファーストの三好秋彦から。
左打席に構え、バットを短く持つ。
「凡人」の彼は、高坂の様に相手を挑発することも、いきなり大きいのを狙うこともなかった。
ただただ出塁し、次の高坂に繋ぐことしかなかった。
「ファール!」
牧野の直球にも、決め球のスライダーにも食らい付き、粘りを見せる秋彦。
最初は弟の登場に大声で応援していた真理亜も、今は手を合わせて祈っていた。
フルカウントからの12球目。
見逃せばボールの膝下のスライダーに、ギリギリでバットが届き、またファールで仕切り直しとなる。
右投手の牧野のスライダーは、右打者からはアウトコースに逃げて空振りを誘うが、左打者の秋彦には、ギリギリまで球筋を見極められてしまう。
秋彦はスライダーを打ち返すつもりはなく、あくまでストレート狙いだった。
(ちくしょう…。一年坊主が…!)
(落ち着け、牧野。
こいつのストレート狙いは明白だ。
アウトハイの釣り球に、こんなバットを短く持ってたら対応出来ん!
スライダーで打ち取りたい気持ちは捨てろ!
あのメガネの前にランナーを出すな!)
(わかったよ、千石。俺がこんな一年ごときに…!)
サイン交換が終わり13球目。
アウトハイの速球に手を出しかけた秋彦だったが、バットは止まり、審判の判定は…。
「ボールフォア。
テイクワンベース。」
秋彦、粘り勝ちの四球。
一塁に向かう彼に、両軍及び観客全員が拍手を送った。