「ドちくしょう~!!」
悔しさをバットに叩きつけ、それでも僅かに相手の落球を期待し、一塁へ走る。
しかし、その願いも虚しく浅いセンターフライはガッチリと捕球され、三塁ランナーの千石もタッチアップを思いとどまった。
「ツーアウト!ツーアウト!!」
の掛け声で盛り上がり、北条学園は王者徳川実業と点数道理の互角の勝負をしていた。
次の打者は八番氏家くん。
第一打席はヒット性の当たりを高坂によりライトゴロに打ち取られたから、この打席はいつも以上に闘志を燃やしている ことだろう。
(下間は打てるチャンスがあったのに、スクイズのサインが気になって集中力を欠いたな…。
逆に二死で打席に入れる俺のが気楽だよ…。
監督に采配の迷いがあるのはやはりあのライトの強肩が気になったからか?
まさかウチは王者徳川実業だぞ!
共学の一年にこれ以上試合をかき回されてたまるか!」
「ストライクツー!」
気合いが空回りする。北条学園のエース立花のストレートとカーブのコンビネーションにタイミングが合っていない。
「おいライパチ、ボールちゃんと見て振れよ!またライトゴロ打ちたいのか~?」
味方ベンチからの容赦ない野次。
徳川実業はチーム内の競争も並大抵ではない。
レギュラーの失敗は控えのチャンスなのである。
4月には、中学時代のエースで四番の選手がこぞって徳川実業に集まるが、練習と競争は厳しく、夏の大会前の部員数は公立校の野球部の平均より少ないくらいである。
そして今、打席に入ってる氏家正和は一般入試組であり、スポーツ推薦組からもぎ取ったレギュラーの座であった。
そんな彼の後輩からの信頼は厚かった。****
レフト側で一人佇む加納弥生だけは、味方ベンチ以上に彼を信じていたのかもしれない。
そして精一杯の声を上げた。
「私の所まで飛ばしてください!」
その言葉は確かに届いた。
速球にもカーブにもタイミングが合わず、決め球の緩いチェンジアップで空振り三振確定のはずだった。
しかし、耳に入った少女の声により、反応は遅れ、ベストなタイミングで芯を捕らえた!
「カキーン!」
と乾いた音は、寸分違わず打球をライナーで少女の元に運んだ。
勝ち越しの3ランを放った喜びのよりも、
「危ない!避けて!」
が彼の声だった。
少女の安全を確認してからダイヤモンドを一周する。
加納弥生はしっかりとボールを握りしめていた。
徳川実業5-2北条学園