両校ともにウォーミングアップが始まり、準備体操にランニング、キャッチボールが終わった後に守備練習のノックが始まった。
アウェイの徳川実業が先攻だから、先にノックを受ける。
これは後攻の北条学園が先に守るから、ノックを終えてそのまま守備に着く為だ。
「うわぁ~、私、野球の試合って初めて見ます~。」
三好真理亜の友人である加納弥生(かのうやよい)は弟の秋彦くんや、その友達の高坂漣くんよりも、間近で見る野球そのものに興味津々だった。
「弥生は聖バーバラでも『超』が付くほどのお嬢様だもんね~。
ライトスタンドで立ち見の野球観戦なんて、もう一生ないんじゃない?
私は前評判通りの高坂くんに食指がねぇ…。いいわ…彼。一年であれだけの女子を引き連れるのも納得だわ。」
もう一人の友人篠山五月(しのやまさつき)は高坂漣争奪戦に名乗り出る気満々だった。彼女曰く、「ファンクラブが出来るってことは彼が容認してるってことよ。つまり他校の私にもチャンスあるってことよ!」
「五月、あんまりアグレッシブに行くと痛い目遭うわよ。だから貴女はご両親に男断ちを切望されて、聖バーバラに放り込まれたんでしょ!」
「聖バーバラに放り込まれたのは真理亜も同じでしょ!弟君がちゃんと道場を…ってゴメン…。」
「いいのよ…。秋彦は野球という自分で歩いて、自分で手に入れたモノがあるわ。
私や父さんに関係なくね…。
だから私はそれを確かめに来たのよ。
弟の夢の一歩をね…。」
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「ライトー!」
徳川実業のノックが、最後の右翼手目掛けて放たれる。
軽く背走しグラブを構えたが、目測を誤ったらしく、慌てて前に詰め寄り、スライディングキャッチを試みる。
ノッカーから当然、
「正面で捕れ、正面でー!」
と叱咤されたが、
「凄ーい!捕れたー!試合も頑張ってくださいねー!」
と弥生が黄色い声を上げたから…。
「お、俺、応援された?
野球やってて良かった!」
この後、ベンチで彼がフクロにされたの言うまでもない…。
代わって、北条学園のノック。
同じくライトの守備では…。
『高坂くん、いつものお願~い!』
申し合わせたように女子の集団が高坂にリクエストする。
彼はフライの落下点にいち早く入り、グラブを着けた左腕を背中に回し、イチローばりの背面キャッチを披露した。
「…試合ではやりませんよ!」
と言ってボールを女の子達の前に投げ入れた。