勿論、あずさに悪気は無かった。
ただ我が子の様子を確かめるのに、傍に俺が居てほしいと思っただけだろう。
そして、自分の不貞は棚に上げて、ごく普通の母親として息子の恋愛に興味があるのだろう。
我が子をアニメやライトノベルの主人公に当てはめ、塾や学校で淡く、甘酸っぱい中学生らしい恋愛をしていると思っていたいのだろう。
更に極端に言えば「中学生らしい恋愛をしている息子を案ずる母親」という自分が堪らなく心地よいと思っているのかもしれない。
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「先生、たくさん食べてくださいねぇ。
一人暮らしの大学生なら、栄養が偏りがちでしょう?」
「いいえ、連れの中ではまだ自炊をするほうですよ。
それでも野菜不足になりがちですけどね。」
「一人暮らしかぁ~。
いいなあ、僕も大学行ったら絶対一人暮らししたいけど、高校で寮暮らしってのもいいな~。」
大人の世界の会話に憧れを見せる一樹くん。
だがここに居る全員が虚飾に満ちた晩餐の賛同者達だった。
俺は既に何度もあずさの手料理を食べてるし、あずさは俺が比較的自炊をする男子だということを知っていた。
全ては一樹くんに何事もない様に見せる為だった。
そして一樹くんの一人暮らしへの憧れは、思春期に一度は抱く親への嫌悪を含む熱病みたいなモノに見せながら、内心は一人暮らしの俺に探りを入れる為だろう。
(砂を噛むような食事とはこの事ですねえ?)
姿を消したゼパルが俺の心に直接語りかける。
(高みの見物と依頼人を皮肉ることしかお前は能力がないのか?
少しは悪魔らしい所を見せろ!)
苛立ちをゼパルにぶつけても仕方ないが、心の中まで紳士に振る舞うには修練が必要だ。
勝手に語りかけられることに俺は不慣れだ。
「母さん、ごめんね。塾の友達がまさか、不良グループと付き合いがあるなんて僕は知らなくて、怒りに任せて『ばらすよ』ってメール打ったら間違って母さんの携帯に送信しちゃった(笑)。
でも、送らなくて良かったよ。
ねぇ、先生。
畠山先生が『そんなふしだらな女は相手にするな』って言ってくれたんだよ。」
…よくもまぁ、そんな嘘を簡単に…。
そして顔では笑いながら目は笑っていない一樹くん。
彼の覚悟は正しく母親譲りだった。
(道長、大切なことを言い忘れてたよ!)
(何だ、ゼパル?解決の糸口があるなら言え!)
(この坊っちゃんには僕の『不妊の術』は効かないよ!)
(わかってる!)