それは俺が21年生きてきた中で最も衝撃的なキスだった。
同性、未成年、家庭教師と教え子、不倫関係にあるその母親の息子。
複雑さと背徳感は母親あずさの比ではなく、本来なら未来ある少年の純粋さを大人の俺が奪った事になるのだろうが、この口付けで凌辱されたのは間違いなく俺の方だった。
一樹くんは激しく俺に絡ませ、強く両手で抱き締めてきた。
身長差は丁度平均的な男女のカップルと変わりなく、華奢な少年の肢体は少女の様だった。
しかし、彼の攻撃的な情愛は子供でも女性的でもなく、ワガママに思いを遂げたいだけの男そのものだった。
「…ちょっとロマンチックに欠けた状況だけど…それでも僕は嬉しい…よ。
愛してる。」
俺はあくまであずさとは割り切った関係のつもりだった。
快楽に溺れない程度に楽しむつもりだった。
しかし、あずさの執着は日に日に増し、俺の為なら家庭を省みない、そんな態度に俺は危険を感じた。
そう、全てはあずさが「肉体」だけでなく「愛」を欲しがったからこそだ。
勿論、旦那と息子の居る彼女は、はっきりと俺にその態度を示していない。
だが今、幼い一樹くんはいとも簡単に俺にその言葉を言った。
一樹くんの「愛してる」の言葉は、俺の中の「愛していない」を確実に認識させた。
そう、俺は何度あずさと身体を重ねても「愛してる」は言わなかった。
そして今、少年の一樹くんと口唇を重ねても、愛してると言われても、俺は彼を愛していなかった。
その言葉は十分な死刑宣告だった。
全ては俺の愛なき行動が招いた原因だ…。
(だから僕と契約したんだろう?)
沈黙を守ってきたゼパルが漸く俺に語りかけてきた。
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「トゥルルル」
携帯ではなく家の電話が鳴り、一樹くんは何事もなかった様に受話器を取る。
「うん、うん、心配かけてごめんなさい。
うん、畠山先生のおかげだよ。
えっ?晩御飯?いいの?
うん、聞いてみるね。」
電話の主は間違いなく母親のあずさからだろう。
一樹くんは孝行息子を簡単に演じ、母親のあずさは良き妻、良き母親を簡単に演じる。
どうしてこの親子の真意がわかるだろうか?
「母さんが先生も一緒に晩御飯どう?ってさ。
先生さえ良かったら、先生の分も食材買うってさー。」
(おやおや、モテる男はツラいですねぇ?
二回目だけど僕は『家庭円満』の悪魔じゃないからね。
素敵なディナーになりそうだね。)
勿論、俺は断れなかった。