この私の提議を傲慢に由来すると思う者もいるであろう。
だがそうではない。
私はいかなる人に対しても決して故意に不正を行なったことがないと確信している。
しかし、それをアテネ市民の諸君に納得させるには時間が短か過ぎた。
もし、他国のように死に係わる重要な裁判は一日で決定すべきではなく、多くの日数を費やすべきという国法※があったなら、諸君を信じさせることが出来たであろう。
しかし、こんな短時間※で誹謗を削ぎ落とすことは容易ではない。
ならば私は何を恐れ、何を提議すべきか?
メレトスが提議する死刑を幸福とも不幸ともわからないと、先に述べているのに。
ならば投獄されることにより11獄吏※の奴隷となる生活をしてどうなるであろう?
ならば罰金刑か?追放の刑か?
もし、私が外国人ならば、追放の刑は寧ろ嬉しい限りだろう。
私がこの追放の刑を自ら提議出来ないとすれば、生に執着するあまり、死と死刑を恐れるあまり、現実的に生き延びる方法があるにも関わらず、それほどまでに理性を失っていることであろう。
仮に私がアテネを追放されても、私は異国で同じことをして、異国の青年は私の話に傾聴するであろう。
そこでまた青年達の親族は同様に私を青年から遠ざけ、追放するやも知れぬ。
諸君の中には
「ならばソクラテスくん、君は沈黙して静かな生活を送ることは出来ないのかね?」
と。
実はこれこそが、メレトスの訴状や私の評判よりも、諸君を納得させるのに最も難しいことである。
「黙っていることは神命に背く」と私が主張しても「ソクラテスは不真面目だ」と思うだけであろう。
人間の最大幸福は日常の徳についで自他を吟味する際の事柄について語ることであり、
『魂の探究なき生活は、人間にとり生き甲斐なきものである』
と私は思うからである。
もし私に金があれば納めれるだけの罰金を提議するだろう。
1ムナくらいなら用意出来るが、プラトンやクリトンは30ムナを提案し、保証人になると言っている。これは私への信用である。
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※ソクラテスは裁判での死刑判決に反対してたとの説があります。
※弁明時間は渡された水時計の時間内という制約がありました。
※10の部族が当番制で刑務官をしていました。一人は書記。
※ 1ムナは100ドラクマ 1ドラクマでオーケストラでプログラムが買えます。
5ムナで家庭教師が雇えます。
10ムナで有罪票が5分の1以下の罰金です