アテネ市民の諸君よ、貴方達が私を告発した者の弁論からどのような印象を受けたか分からない。
が、彼らの言葉は説得力を持っていたが、何一つ真実を語っていない。
彼らが私を驚かせた言葉は、
「ソクラテスは雄弁家である為に、皆様は欺かれないように警戒しなければならない」
と言ったことである。
私が口を開いて自分が少しも雄弁家でないことを証明すれば、たちまち彼らの言葉は偽りとなるにも関わらず、彼らは己の言葉を恥じることはしなかった。
これに反してアテネ市民の諸君は、私の口から真相を聞くことになるだろう。
ゼウスにかけて、私の言葉は飾られた巧妙な演説でないことを宣言する。
技巧を弄するような演説をするには私は年を取り過ぎている。
そして諸君にくれぐれもお願いしたいことがある。
それは私の言葉遣いについてである。
70を過ぎた私だが、法廷で弁明するのは初めてである。
よってこの場所での慣用な言葉に不慣れである。
私がよそ者ならば、その地方の言語や方言を使っても責められないだろう。
裁判官の徳とはまさにこれで、私の言う所が正道かどうかだけに注意を向けてほしい。
アテネ市民の諸君、まず私は古くから言われてる虚偽の弾劾と弾劾者に対して弁明し、次に新しい弾劾と弾劾者に対して弁明する。
私に対する古い弾劾と弾劾者とは
「少年を説得し、虚構の罪を負わせる様に画策し、ソクラテスなる賢者が天体の現象を研究し、悪事を善行と主張するように欺いてきたこと」
である。
私を弾劾する者は、多感な少年や青年達に私のことを吹聴し、※喜劇作家のアリストファネスを除いては、私の弁護人は全て欠席するという異例の裁判が開廷されることを画策したのである。
猜疑心と欲から彼らをここに呼ばず、論証によって正道を示すことさえしようとしない者達である。
先に述べたように弾劾者は二種類いる。
一つは私を告発した者である。
もう一つは、私という人間を古くから誤解する者である。
よろしい。
では私はこれから弁明せねばならぬ。
皆が古くから私に対して抱いている疑惑を、国法に従い短時間で除き去ることが成功することを希望する。
(続)
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※アリストファネスは、ソクラテスの科学的見地を基礎に喜劇の舞台を監督した作家です。
喜劇「雲」の中でソクラテス役の演者は「ゼウスでなく雲が雨を降らすのだ」と無神論なセリフを述べるのですが、ソクラテスは彼を責めませんでした。