「…そうだ。余はどの選択が正しいかだけを考え苦しんでいた。
だが、大切なのは選択することに対して正しい価値を自分で与えることなのだ!」
「それがお分かりになられただけでも、人間界の遠征は大成功と言えるでしょう。
そしてサタン様。
『愛し合うとは魂を預け合うこと』
でございます。」
「そうか…余が色事師の様に奈々子殿を誘惑し、魂を奪い、空となった肉体にルシファーの魂を移しても…。」
「ルシファー様は復活なさるでしょうが、それと同時にサタン様は『傲慢の罪』に堕ちるかと存じます。
奈々子様の魂を真にお求めならば…。」
「余が奈々子殿に、胸襟を開き、余の魂を捧げる覚悟なくして、どうしてそれを望むことが出来ようか?」
「その通りでございます。
真実の愛は普遍です。
『サタン様』を受け入れる器を奈々子様がお持ちであれば、仮に落合奈々子様としての一生がそこで幕を閉じても、魂は不滅のはずであります。」
「礼を言うぞ、ブエル。
そうだ、決断するのは奈々子殿自身だ。」
「お役に立てたのなら、このブエルに取ってこれ以上の喜びはありません。
では、『礼』の話ですが…。」
「対価だな?良かろう。
蜜柑でも、意にそぐわぬ召喚でも構わぬぞ?」
「サタン様は人間界に来て変わられました。
これはルシファー様に取っても何よりの薬…。
いえ、私、ブエルの願いは、『サタン様の産声をもう一度聞きたい』であります。」
「それが対価か?
そんなもので良いのか?」
「はい、ルシファー様がアビス(奈落)に堕ちた時は、魔界も大変混乱しておりました。
敗北と失恋を同時に味わったルシファー様の心傷は酷く、最後までこのブエルの言葉に耳を傾けませんでした。」
「そして、混沌の魔界で、余は目覚めの産声を、傍らに居るベルゼバブに向けて言った。
『一敗地に塗れたからといって、それがどうだというのだ。
すべてが失われたわけではない。
まだ、不撓不屈の意志、復讐への飽くなき心、永久に癒すべからざる憎悪の念、降伏も帰順も知らぬ勇気があるのだ』
と…な…。」
「それでこそ、17億5832万8314人(匹)に慕われる大魔王総統閣下であられます。
強さならレビアたんが、才覚ならベルゼバブの方が上です。
しかし、最も怒らない悪魔であり、最も傲慢でない堕天使だったからこそ、魔界を統治できたのです。
役目は終わりました。
どうか私を召喚されないことを願っています」