「滅私奉公」と言う言葉がございます。
「丁稚奉公」と言う言葉がございます。
これらは決して、社会や主人の「奴隷」になると言う意味ではありません。
「奉公」はその字の如く、「おおやけにささげる」です。
捧げるのは時間と労働力ばかりではありません。
「滅私」とは自分を失うのと違います。
「丁稚」は格付けが低いばかりではありません。
「己の私利私欲を捨て去り、社会に奉仕すること」
「位が低い者ど収入も低いが、それだけ社会に還元する額も低いのです。」
高い位の者ほど、収入の分だけ社会に還元してたのも事実だったと信じたいです。
では、奉公人の休日とは?
店の主人の休日とは?
古来、日本の休日とは?
昨日の続きです。
それは「盆と正月」だけだったのです。それ以外、働き続けていたのです!
その分、きっと当時の日本人の平均寿命は低かったでしょう。
しかし、健康寿命まで低かったとは思いません。
幼い内に、農家の次男坊が商家に丁稚に入る。
これには口減らしの理由も勿論あります。
そして教育、教養を身につけて帰ってこれると言う効果もありました。
そして収入は低かったとしても、食べること、寝ることの保証はされてました。
そこには人間の、より人間らしい扱われ方が、寧ろ現代よりあったかも知れません。
そして人間らしい死に方と生き方…。

戦国時代きっての武闘派として知られる福島正則(画像)です。
戦闘スタイルと同じく激情家として知られる正則ですが、
人情家でもありました。
何と、彼は戦で腕や足を無くした家臣を一番の誇りとし、末永く家族共々に恩給を与えたと言います。
これこそ「年金の理念」では?
年金とは社会貢献に対しての還元であるはずです。
まだ貢献してない学生や無職者から徴収すること事態おかしいのです!
「払った分だけ戻ってくるか?」ばかり議論されてますが、社会的弱者へのセーフティネットのはずです。
高い役員収入を得たものが更に高い退職金を得ることは不公平です!
それならその分を現役時代の収入に与えてしまって、高い税金をとった方が社会的貢献度が全く違うはずです。

バサラ正則兄貴よ、世直し頼んます(笑)