
誰の言葉かは記憶にありません。
でも学生のころ、強烈に印象に残った言葉の為に今でも憶える言葉がこれです。↓
「人間は『愛する』と言う罪を犯した為に、『愛されない』と言う罰を与えられた」
「人を愛する罪」と
「愛されない罰」
誰かを本気で好きになった人なら、この二つの言葉に重い苦しみが含まれていることに多くの説明は要らないでしょう。
私は「愛」に関係する苦悩や衝動は、人間が完璧で無いことと深い繋がりがあると考えます。
「愛されたい想い」が善ならば、
「愛されたくない想い」
を利己主義で片付けられなくなってしまう。
恋敵に向ける嫉妬と、母が我が子を愛でる慈愛とはその善悪に雲泥の差があることに多くの人が同意するであろう。
だがその母なる人物もやがて成長する赤子も、自身の嫉妬や怒りや傲慢を持ち合わせているはずだ。
それこそが人間の不完全性であり、
「罪なき愛」の実現には自らの不完全性を認めることから始まると私は考える。
それが出来た者には「愛されない罰」の不完全性が救済となると考える。