憲法の理念は、広く言って、権力を制限し、国民に自由を与える事です。翻ってそれは、戦争を二度と起こさせないためのものです。軍国主義を脱し、民主主義へ向かうことを定めたものです。
もう一度言います。権力の制限です。敢えて、国家権力と限定した言い方をしてません。
因みに、理念という言葉は理想の概念だとか、物事の根幹を成す不変の原則といった意味ですね。
その理念を、3原則(民主・ジンソン・和主)で顕しているワケです。
憲法では、この権力を制限する部分が統治(とうち)と呼ばれる章として書かれており、国民に自由を与える部分が人権の章として書かれています。
私はもう、この2部構成と思ってます。で、その前に前文があると。
要は、制限しやすい国家権力の構造(統治機構)を示し、さらにその上で、ジンソンの具体的内容を掘り下げてるってイメージです。
多くの参考書の憲法のページは、1割が総論、3割が統治、残りの実に6割は人権に割かれてます。
統治については、中高の社会で習った内容がかなり近いです。
関係ないですけど、司法・立方・行政の三権分立ってよく思い付いたもんだな、と感心します。人間の特性を踏まえた、非常に合理的なシステムだなと。
人気マンガのキングダムでは、後の秦の始皇帝である嬴政が法治国家について語る場面がありますが、人ではなく法に国家を治めさせるという考え方も、よくその形を探り出したなと思います。
過去の時代を生きた人達の、まさに英知だなと感じます。
さらに余談ですが、私は人は生まれながらには善だと考えています。しかし、悪に転じる特性も持っていると思います。人間(ヒト?)に特性があって、転じた方角を悪と呼ぶことが多いのかも知れませんが、特性それ自体は悪ともなくただ特性、という感覚です。それを踏まえた上で、付き合っていければ良いなという。
憲法で3割を占める統治については、そんな人の負の側面をコントロールしようとして人々が行き着いた法治国家の、そして民主国家のシステムについて学びます。
問題は、6割を占める人権です。
多くの権利を条文で列挙してるほか、書かれてない権利まで今では認められています(いわゆる不文法)。
日常的に行使できる権利から、恐らく一生使わない権利まで、かなり多くあります。これだけ多くの権利を生まれながらに(因みに民法では、産まれる前から認められた権利さえあります)認めてもらえて、日本ってイイ国だなと感じてもらえるかも知れません。
権利の数が多いので、過去の法家達はカテゴリ分けもしてくれてますが…それは追々。
次回から、まず人権について突き詰めていきます。
本日は以上です。
お疲れ様でしたm(_ _)m