
6月、上旬は少し休むことが出来て、心身ともに上向きになってきていたところ、また片親が緊急入院して危篤、みたいな感じで何かとばたばたしていて、やるべきことの一切がすすまないまま月末になってしまいました。限界まで疲れました、休みたい。丸一日寝て過ごす日がほしいというのが本音です。
仕事やプライベートのここぞというときに、いつ容態が急変するか分からないというのは、地獄の綱渡りをしているような気持ちです。やりたいときにやりたいことやらせてくれよ。
親が危篤と言われることが頻繁すぎて、もはや狼少年状態というか、「あ~また危篤か~」「病院の手続き増えてめんどくさいな~~」と思ってしまう顰蹙な精神の持ち主になってしまいました。そうこうしてるうちに本当に死んでしまうのだろうなぁとは思うのだけど、おそらく精神的負荷を少しでも軽くしようとする無意識の自我の動きとしてはよくあることだと思う。部外者に分かられる必要なんてないんだよなぁと思うけど、まぁ、よくもまあ口出ししてくるひとがいるということの方がびっくりで、机上の空論で善人振るのやめてください、というのを五重くらいオブラートに包んで伝えたかったものの一切伝わらず疲れてしまいました。
本当に心配してくれてありがたいひともたくさんいる。聞いてくれるだけで救われることも、聞かれるだけで不愉快なこともたくさんあって、自分でも難しい。でも、触れずにいてくれるひとが実はとてもありがたい。いつもそばにいるのに、自らは触れずに、こちらから話したときには親身に話を聞いてくれるようなひとは本当に聖人君子か何かですか?と思う
危篤といえども、本人が治療や検査を拒否していて、自宅に帰りたいと言うので、と退院せざるを得なくなり、並行して緩和ケア病棟を探すものの、多床室は待ちが長いし、個室は個室料がたかいし、また順番待ちの書類の申請やら面談やらやることが大量に。。
食べ物を飲み込む嚥下という機能も弱ってきてるけど、胃ろうは嫌だ(※胃に直接管を通す処置、後期高齢者にはよくある)という気持ちは分かるし、だからといって癌で痛み苦しんでる家族を緩和ケアも出来ずに在宅で誤嚥性肺炎で看取りとかになったらそれこそ全員の後味の悪いことよと頭を抱えるばかりで、まぁ現実ばかり見ていても希望の光など一筋もありはしないので、美味しいごはんを食べて気を紛らわしたりしています。それで顰蹙とか言われても知るかって感じですよ 本当に!
医師には「本人が検査を拒否するので嚥下機能評価ができません」と言われ、デイサービスの施設には「嚥下評価してもらわないとこちらも手に負えませんので評価をしてください」と言われ、本人は頑として検査は嫌だと言い、泥沼のなか同じところをぐるぐるまわっている。誰か家族の気持ちを考えてくれ、と思う。
今年の6月は用事があるごとに市内を自転車で駆け回っていたので、道端で綺麗な紫陽花がたくさんみれたのでとてもうれしかった。悪いことばかりではないな。もう7月になってしまうけれど。
明日で6月もおわり。
明日はLIVEです。
6/30(土)@北浜雲州堂
tiny script endings presents
Songs in the Air #1
OPEN/START 18:30/19:00
Charge:¥2,000(with 1drink¥500)
Fireplay(acoustic set)
emi otsuka
岡本悠利
alcea is sleepy
初めての雲州堂!湯浅さんの企画に呼んでいただきました。岡本は一番手です。
ごはんが美味しいと聞きました。
楽しみだなぁ!
マジで楽しみです。
介護は終わりの見えない持久走だとよく言われるもので、手の抜き方を覚えないと倒れてしまうし、常に精神的負担が伴う。
金銭的余裕や介護者と被介護者同士の思いやりや絆があればこそ、綺麗事も言えようが、在宅で家族不仲のなかで介護をやるのは本当に無理でしかない。
blogを開設した頃は、暗いことや攻撃的なことは書かないでおこうと決めていたものですが、介護に苦しむリアルな感覚は、その最中にしか書き置けないものかなと思って開き直って書くようになりました。
早く全部終わらせて、自分中心の生活がしたい。頻繁に各所から着信があるのも、各所と予定調整をしては計画が崩れてリスケするのも、毎日しているけれど、本当に もう こりごりですね。
早く弾き語りの音源を作りたいなと心から思っている。夏には流石に 動き始めようと思っているので 気にとめていただけると うれしい な
am 5:00
平穏でありますよう




