【震災体験】仲間たちの有難さ | おっさんの徒然日記

おっさんの徒然日記

日常生活の中で思ったことをダラダラと書き連ねていきます。

どのくらい続くことやら・・・・・

夜になって、電気・ガスは使える状態。
断続的に余震が続いていました。
地の底からゴォーっという音が湧き上がってくる感じ。

今でも似たような音を聞くと全身が硬直しそうになります。(あと、車に乗って橋の上なんかで停車中にゆれても硬直しそうになります)

とりあえず情報収集をしようとテレビにかじりついていました。

大学時代に特にウロウロしていた東灘・灘・中央区の変わり果てた様子を目にするに、心にポッカリ穴が開いたような感覚にとらわれると同時に、「なぜ?」という疑問と怒りが錯綜していました。

午後8時ごろになって、当時和歌山居た高校時代の友人からTEL。
震災後に初めて鳴った電話でした。

友人「おぅ、生きとったんか!ボケ」
友人「お前のせいで、朝から飯も食うてへんやんけぇ。生きとったら電話してこいやぁ」
私「アホぉ、それどころとちゃうわい。それにかかるんかい、電話ぁ。あ、かかっとんなぁ」
友人「ほんで、いるもんないんけ?」
私「とりあえずなんとかなるわ。水出ぇへんねんけど。」

地震発生直後から高校の同級生から私の安否を確認する電話がずぅっとかかってきていたらしい。
被災地域の一部であるウチには(混みすぎていて)かからないため、仲の良かった彼の元へ皆の電話が集中したらしい。

寮生活で同じ釜の飯を食った仲間たちの有難さをひしひしと感じた瞬間でした。

私「ほな、メシ食いに行ってや」
友人「おぅ、言われんでも行くワイ。ほななぁ、気ぃつけてな」
私「おぅ、ありがとう。ほなぁ」

と電話を切って、またテレビの前へ。

発生当日だったか翌日だったか記憶が定かではないのだが、

ゼミの同期生の実家(神戸市長田区)が燃えている・・・・・。
早速、他の同期生と連絡を取り合い、週末に安否を確認に行くことに。


次回に続きます