32歳で4人の子を抱え離婚することになった。
下2人は年子でまだ2歳と3歳。 
それでも親に迷惑をかけるわけにはいかないので就活した。
10数年振りの紺色のスーツ。

やはり子持ちはハンディが大きい。。

なかなか決まらないまま一年がすぎ、ある日 市の広報で市役所職員を募集していた。
いわゆる現業職だが、その時の私は藁をもすがる思いで飛びついた。

試験は高卒程度。
慌てて本屋に飛び込み 公務員試験の本を買い込んだ。



奇跡が起きた!
なんと250人ほどの受験者の中から、10人の合格者に選ばれたのだ!

職種は小学校の給食調理。
どんな仕事か見当もつかなかったが、正直なんでもよかった。どんなこともやる覚悟はできていた。何しろ10歳、7歳、4歳、そして3歳の可愛い子供達を食べさせていかなければならなかったのだから。。。

母から聞かされていた話。
一歳になっても歩けない私を病院に連れて行ったところ、股関節脱臼と判明。
当時は足を真横に広げるギブスで固定。
そんな私を自転車の後ろに乗せて、母は通院していたそうだ。

その甲斐あって、脱臼していた大腿骨頭は骨盤に上手く収まり、その後は何の不自由もなく、学生生活ではバレー部にどっぷり浸かり、若い頃は気にしていた内股の大きな痣(アザ)も結婚、出産とともに気にならなくなり、ほとんど股関節脱臼で生まれたことなど忘れていた。。。
風邪もほとんどひかず、病気知らずだった私に、50歳を過ぎた頃からドッと押し寄せてきた体調不良。
回り道だったのか、必要な経験だったのか?
この命が尽きる時にはその答えが出ているのだろうか。。

高校の同級生が執筆した本、「迷走患者」を読んで自分の過ごした半世紀を振り返ってみたい。
先日、お茶を入れるガラスの急須に、聞きかじった水出しコーヒーなるものを試してみた。
こんなにしっかりとコーヒー豆を味わえるなんて!
てなことで、水出しコーヒー用のポットと、深煎りコーヒーを 水出しコーヒー用に挽いたものを購入し、早速挑戦🍀
10時間くらいとあるが、ネットで見ると24時間と書かれているものもあるので、24時間ガマンしてみます!

楽しみだなあ✨

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政治のことはよくわからない。

阿部さんもいろいろなプレッシャー下にあるのだろう。

これだけ国民の声を無視できるのだから。



第二次世界大戦において、私の祖父は膝に銃弾を受けた。

戦後は戦犯として職に付けず、祖母が編み物をデパートに卸して生計を立てていた。



子供の頃、遊びに行くといつも膝に遠赤外線をあて、軟膏を塗っていた。

杖は手放せなかったが、年に数回、一時間ほど電車を乗り継いて私たち家族に会いに来てくれた。


クリスマスには必ず自身と祖母の似顔絵付きのカードを送ってくれた。



そんな私が敵国のアメリカ人と結婚したいといったとき、
祖父は私を二階に呼んで、静かに語った。

「また新たな出会いは必ずあるから。。。」

そしてまもなく、祖父は心筋梗塞で他界した。






四人の子供たちも成人し、自分たちのアイデンティティを探し始めている。

自分は日本人なのかアメリカ人なのか。。。

私は彼らに言う。アナタ達は地球人よ、と。宇宙人でもいいかな。。。

彼らに戦争を体験して欲しくはない。

戦争の意味がわからない。

ローマ教皇も日本武道館で叫んでいた。

「戦争は死です!」と。






今、私が杖なしで生活できないのも意味があるのだろう。




おじいちゃん、、、元気?