目の前にあるものは、誰もが同じ様に見えているのか?




同じ感情を同じ状況で感じているのか?




これは非常に難しい問題だ。




ただ単に、みな同じように見え、感じていると思いこんでいるだけではないのか?





しかし、その思い込みにより円滑なコミュニケーションがとれているのも




また事実。




だとすれば、コミュニケーションとは





あまりにも不安定な要素に支えられていることとなる。




それがいいことか悪いことかは別として、




その不安定さを再認識することもまたコミュニケーションなのかもしれない。





コミュニケーションをデザインするということは、




コミュニケーション手法のみならず、





コミュニケーションをそもそも定義し直す作業とも言える。




つまり、新たな視点や考え方を提供することもまた、





コミュニケーションなのかもしれない。




それが正しい答えかどうかは分からないが、





新しい考えに心が踊るこの感覚も





悪くない。