どんどん人気の出ている『逃げ恥』で、最近5歳の娘も真似して踊るようになりました。
その家事・労働・結婚にまつわる内容にも、ドラマ・映像文化・サブカルチャーなどの側面でもさまざまな反響もあり、いろいろとごちゃごちゃしているものをまとめたのが下の記事かなぁと思います。
『逃げるは恥だが役に立つ』論(後編)『逃げ恥』が描く「男らしさ」の罠と、星野源について
http://bylines.news.yahoo.co.jp/narimareiichi/20161218-00065598/

先日、こんな記事を書きました。
当時のことはあまり知らないので、下記の引用はすごく参考になります。
後の長い活動休止期間のことや現在の引きこもり的なスタンスを見ていると、当時は相当無理をして王子様としてのオザケンを演じていたんだなぁと今更ながら思う。
今の星野源の持つポップスター感は当時の小沢健二と重なるものがあり、行けるところまで行ってほしいという期待と同時に危うさのようなものも同時に感じて心配になる。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/narimareiichi/20161218-00065598/
彼は、少し無理をしていたんだろうか?というところは、本当のところはあまり分かりません。
ただ自由にしたいようにしていただけなのかもしれませんが、メジャーで売れるというのは相当な努力が必要で、その点は、小沢健二も星野源も同じなんだと思います。
「ポップスター」っていう言葉、とてもしっくりくるものがあります。
みんなを夢中にさせるなにかを持っていて、でもとても親しみのあるような。
そのカッコよさは見た目だけでなくて、男らしさとはまた違うものがあるからこそ、
男女問わず惹きつけるものがあるのだと思います。
『逃げ恥』は、恋愛・結婚・労働・家事、いろんな人がふつうの日常の中で悩むことの多い身近なテーマを取り上げています。
みんなが悩んでいることだから、気になるし、それを面白くときにずばりと言い当てる感じが小気味よいドラマなのだと思います。

会社で働いた後、いまは主夫をしている僕は、ドラマのなかの「みくり」にも「ひらまさ」にも共感できるところがあります。
主夫をしていると、世間的な価値感では、ただの「無職」に思われることもあるし、男は働いてなんぼみたいな「男らしさ」も不必要なものです。
お金はもらってないし、家事も完璧ではありません。
恋愛結婚して、子どももいて、家族を作っているけど、それぞれの役割は、とても流動的で、その時その時で、変わっていくものだと思っています。
いまは僕が主夫だけど、それが交代することもあるし、二人ともまた働く形に戻るかもしれない。もうしばらく、主夫生活が続くかもしれない。
その都度、話し合って「システムの再構築」をすればいいなぁ、と思っています。
「結婚」は制度として、慣習として、していたほうが周りが安心したり、税制・福祉的に有利なので、大切な人がいたらしたほうがいい、と思っていますが、契約結婚でもお互いが納得している形であればいいと思います。
どんな形であっても、納得しているのが、一番大事なのかと。
たぶん、『逃げ恥』について語り始めると、いろんな角度からいろんな話題に飛んでいくので、とても難しいだろうなあと思います。
忘年会シーズン、いろんな人と飲む機会があると思いますが、お酒の入ったときの議論は、ほどほどに・・・。