ーーガルーダ神ーー
「インド神話において人々に恐れられる蛇・竜のたぐい(ナーガ族)と敵対関係にあり、それらを退治する聖鳥として崇拝されている。これは、インドにおいて猛禽類や孔雀は蛇を食べると解釈されていたことによる。単に鷲の姿で描かれたり、人間に翼が生えた姿で描かれたりもするが、基本的には人間の胴体と鷲の頭部・嘴・翼・爪を持つ、翼は赤く全身は黄金色に輝く巨大な鳥として描かれる」
リイカは、所持していた白聖石(ライトクリスタル)に蓄えられた光の力を使い、アシエンが蛮神を顕現させた様に、自身もまた、神降ろしを行ったのだ。
しかし、信仰や神の類は実に気まぐれである。
祈る神が一緒であっても、祈る者が違えば、それはもはや、異なる神と言えよう。
マサルが言っていた。俺達も白聖石を使えば、シヴァやリーンの様に神の力を自分に降ろせるはずだ!と。
しかし、それには強い精神力が必要だとも言っていた。
だが、それを見事にやり遂げたのである。
リイカが、降ろした蛮神は、自らの名前を名乗る事は無かったが、その禍々しい赤いエーテルと緑の風圧はまるで炎を纏ったガルーダの様だ。であれば、赤き翼を持つ者ラクタパクシャと呼称するべきであろう。ラクタパクシャとは、ガルーダの持つもう一つの側面であり、名前のことを指す。
しかし、よりにもよって竜騎士であるリイカが、相反する竜を狩る存在、大鷲の神を選んだのには、理由があった。
ハイデリンとの対話により、自分の内に眠る「真の力」の存在を知って、迷いは断ち切ったかの様に見えたが、未だ完全には吹っ切れていなかった。
そんな事では、大切な物は守れない。
リイカは、あえて迷える竜を制し、制裁を与えるべく、ガルーダを選んだのだ。
竜とは元来、迷いと惑わしの象徴である。
「かすみちゃん!少し離れて……」
身体に纏わり付く炎の風は近づく全てのものを一瞬で炭と化した。しかし、その炎と風は、かすみとクロウサギ、さらにかすみの母親を優しく包みこんだ。
これは、リイカの意思であり、その想いがエーテルとなっている事の確固たる証拠である。
炎の風により、完全に外部とのエーテルを遮断された母親は、もがき苦しみ床に膝をつく。
「お姉ちゃん!お母さんをいじめちゃ嫌!」
「大丈夫……かすみちゃん……お母さんを元に戻してあげるよ!お姉ちゃんの取っておきのおまじないでね!」
ーー其方も、物好きよ。この様な邪神に取り込まれた、愚かな信徒を救おうなど、妾には到底理解できぬーー
神はリイカに語りかける、今まで幾度も槍を交えて来た、宿敵であり虚像の神。
高圧的な物言いや、高飛車な性格、その攻撃的な風貌とエーテル。
姿形は変わらずとも、リイカは完全に神と融合していた。
「アンタも充分邪神だよ!てか私とアンタの全力のエーテルをぶつける!」
ーーふふふ、生意気を!しかし、美神ラクシュミの寵愛に預かるこの者が、妾の祝福に耐えられると思うてか?異なる二つのエーテルがぶつかり合えば、タダではすまんぞ?そなたは妾のエーテルにより無傷であろうが、そこにおる、そなたの従者や人の子は、粉微塵に吹き飛ぶぞ?ーー
「この白聖石にラクシュミのエーテルを全部吸い込むんだ!そして、一気に奪い返す!」
ーーほう、仮にも美の女神と称される、ラクシュミの寵愛を、妾が略奪すると……面白いではないか、美に囚われた女神の末路としては、これ以上にない皮肉じゃの!良かろう!その白聖石とやらに奴のエーテルを封じ込めよ!そして、崇める真の神とは妾だけだという事を教えてやろうぞーー
幸運や力は、願うだけでは手に入らない。自らの手で掴み取るしかないのだ。決意に満ちた面持ちで、リイカはライトクリスタルを掲げた。
すると、ライトクリスタルは淡く輝きはじめたのだ。
かすみの母を苦しめている元凶とも言える、蛮神ラクシュミの狂気のエーテルが見る見るうちに、ライトクリスタルへと吸い込まれていく。
「キャーーー!ウタ……ウタガ……キコエル」
「お姉ちゃん!やめて!お母さんに痛い事しないで!」
エーテルを奪われ、もがき苦しむ母親を、必死に庇おうとするかすみ。
高く掲げた白聖石、しかし、一体どれほどのエーテルを吸収、保有できるのか未知数であった。
神は過去にも人類史において、度々その姿を表しているとされる。
地域、地方、種族、国、その単位や規模は様々であるが、信徒の祈りや願いに答えてか、気まぐれか、まさに神のみぞ知ると言ったところだ。
つまり、神は信仰する人の数によって、その力も神格も決まるのだ。
ーー蛮神ラクシュミーー
「その神格は実に高く、ヒンドゥー教では美と幸運の女神として崇められる。さらには日本においては吉祥天という名で信仰の対象になっている。
その姿は度々、七福神の弁財天と混同される事が多い。それだけ身近な神であり、人々が幸運を願う時、真っ先に思いつくのが彼女であり、俗にチャンスの女神と呼ばれるのも、おおよそが彼女のことを指すのだ」
絶対的信仰対象である女神のエーテル。その一端を担うテンパード、たった1人の信徒ですらとてつもないエーテルを保有している。こんなにも高濃度のエーテルを、たった一つのライトクリスタルで封じ込めることが果たして可能なのか?
もはや賭けでしかなかった。
「だめ!もう保たない。ウサギさん!手伝って!」
「くそ!このままじゃここら辺一帯が吹き飛ぶ!」
クロウサギは腰にぶら下げた、自らの白聖石を取り、強く念じた。
「リイカさん!最悪の場合、自分が防壁を張ります」
「頼りにしてるよ!」
2人のライトクリスタルは、限界までエーテルを吸い込んだ。しかし、あろう事か表面に僅かではあるが亀裂が入り始めてしまったのだ。
「リイカさん!まずい!白聖石に亀裂が!」
さっきまで、もがき苦しんでいた母親は、ぐったりと倒れている。そして、彼女を覆うラクシュミのエーテルも弱々しくなっていた。
「もうすこし!あと少しなのに!」
「リイカさん!その白聖石かして!かすみちゃんは頼みましたよ」
「でも!どうする気?この膨大なエーテルを処理なんて、できないよ!」
「大丈夫!自分にまかしといて!」
そういうと、クロウサギはリイカの白聖石を持ち去り、駅の外へと走り出した。
「ウサギさん!」
「やるしかないか……かすみちゃん……またお母さんと一緒にケーキ食べたいよね?」
「うん!」
「わかった……かすみちゃん!お姉ちゃんの後ろに隠れてて!」
リイカは両手を掲げ、叫んだ。
「うおーーーー!」
辺りの空気が、全てリイカの掌の間に吸い込まれていく。駅構内の窓ガラスは割れ、シャッターはガタガタと音を立てる。そして、どこからか、ものすごい爆発音のような大きな音も聞こえてきた。おそらく、クロウサギだろう。
どうか無事でいて欲しい。だが、人の心配をしている場合ではない。少しでも気を抜けば、意識が飛んでしまいそうだ。リイカは神経を研ぎ澄ました。
掌に集中させたエーテルは、灼熱の炎となり徐々に大きく、熱くなっていく。
その時だった。どこからともなく、ヴェーダーの音色が聞こえてきた。
「なぜ、我が寵愛を拒むのです?我が名はラクシュミ。幸運と美の女神、我が愛の抱擁を受けし信徒よ。思い出しなさい!我が寵愛を」
「ーーっ!!ちっ!やっぱすんなり行かないか!干渉してきやがった……」
さっきまで倒れていた、かすみの母はおもむろに立ち上がり、ラクシュミの言葉を呟いた。
「貴女では、この迷える信徒を救う事は叶いません。この者の願いは叶えられたのです。何故、また苦しみの日々に引き戻そうとするのです?」
「ち……うるさい……」
「お母さん?」
「我が名はラクシュミ。美と幸運の女神、貴女たちにも救済と祝福を与えましょう!我が寵愛の抱擁を!」
ーーやばい!今かすみちゃんを狙われたら!どうしようもできないーー
「かすみちゃん!お姉ちゃんもさ……ママが元気になったら一緒にケーキ食べに連れてってくれる?」
「いいよ!おねえちゃんも一緒に行こう!かすみお姉ちゃんと一緒だと楽しい!お母さんも一緒ね!だから!お母さんを元に戻してあげて!」
「よっしゃ!任しときな!元気でてきたぁーーーーー」
「愚かな……あくまでも抵抗するのですね……では仕方ありません。我が寵愛に、喜び悶えなさい!」
「いくよ!かすみちゃん!……コンフラグレーション!ストラーーーーイク!」
ーーかすみちゃんのお母さん!かすみちゃんが待ってるよ!戻ってきて!お願い!ーー
リイカは、自身の持てるすべてのエーテルを爆炎と化し、かすみの母を包み込んだ。
「そんな?まさか、我が寵愛の光を遮るというのですか?この者の望みは、娘の救済なのですよ?2人とも我が、信徒になれば未来永劫幸せに暮らせるというのに!わかりません……」
爆炎に包まれた母親と、それを心配そうに見つめるかすみ。
ーー主よ、して、これからどうする?女神のエーテルは妾の炎で焼き尽くした。しかし、この者の中身は空っぽぞ?何も残っておらぬ。そのエーテルも意志さえもなーー
「かすみちゃん!お母さんを呼んで!今なら戻ってこれるかもしれない!一緒にケーキ食べるんだよね!」
「お母さん!かすみを1人にしないで!おねがい、元のお母さんに戻って!」
奇跡は起きた。
身体を焼く尽くしていた、爆炎と爆風はかすみの母の身体へと静かに流れ込んでいったのだ。
「……か……すみ……ごめ……んね……」
「お母さん!」
炎は母の心を震え立たせ、風は心の傷を癒した。
かすみの母は、ラクシュミの祝福を払い除け、かすみの声をきいたのだ。そして、自らの意思でガルーダの、いや、リイカの手を取ったのだ。
「やった!受け入れた!祝福の力が弱まって、洗脳が解けたんだ!」
「おかあさん!貴女の娘さんは無事です!お願い戻ってきて!」
リイカのエーテルを全て身体に受け入れた母は、床に倒れ、ぴくりとも動かない。
「くっ!!エーテルが……」
一方で、全てのエーテルを失ったリイカも、床に座り込んでしまう。
「おかあさん!かすみだよ!おかあさん!」
ーー主もよくやるのぉ、起きてるのもやっとではないか。ふふふ……妾の役目もこれまでという事じゃな。人の子よ、妾の力欲しくばいつでも呼ぶが良い!迷いを捨てし、光の戦士よ!実に愉悦であったぞ!偽りの女神が、苦汁を飲む姿を見られんのが口惜しいが、良かろう。フフフーー
「私って意外と、高飛車キャラなのかな?蛮神って言っても、もう1人の私の意思なんだよなー」
「あ!お母さん!」
「……う……か、かすみ?……どうして?ここは?」
「良かった!気がついて……私はもうだめ……つかれたぁーー」
りいかは、大の字になり床に寝転がってしまった。
「あなたは?今朝の?どうして……う……頭が…突然歌が聞こえてきて、どこかを歩いていたんです。蓮の華が咲き誇る、とてもきれいな場所……ずっとここに居れたらいいなぁーと思ったんですが、何処かから、かすみの声が聞こえた気がして。突然怖くなって、必至で帰り道を探したんですが……そしたら、急に赤い翼の鳥のような人が現れて、娘が待っているからもどれ!と言ってきたんです。……その後、気を失ってしまい、気が付いたら目の前にかすみと貴女が……う……まだ、頭が……」
「おかあさん!お帰り!かすみいい子にしてたよ!お姉ちゃんが優しくしてくれたよ!」
「かすみ……お母さん……ごめんね!寂しい思いさせて!」
「さってと!」
リイカは疲弊した身体に鞭を打ち、明るく振る舞った。
「2人は安全な場所に避難してください。事情はその時にでも伺ってください。私達は逃げ遅れた人がいないか探しますので」
「何がなんだか、でも!かすみの事……見つけてくれてありがとうございます。貴女がいなかったら、私達はもう2度と会うことができなかったかもしれません。」
「いいの!気にしないでください!お母さん!私はただ、自分が正しいと思ったことをしただけですから。人を助けるのに理由なんていりませんよ!」
リイカの背中はとても誇らしく、とても美しかった。かすみは将来お姉ちゃん見たくなる!と心に誓ったのだ。
「では、暫くここで待っててください。私は少し仲間の様子を見てきます。」
「あ!かすみちゃん!今ならそこのお店のケーキ食べ放題だぞ!ふふふ、なんてね!今度ケーキ食べに行こうね!」
軽い会釈を済ませると、リイカは急ぎ駅の外へとむかった。
「ウサギさん……無事で居て……さっき外で爆発があった。あんな膨大なエーテルを1人で処理するなんて無茶すぎる……」
つづく