たまーに哲学的な内容のブログを書いて訳の分からないことをつぶやいたりもしてますが、哲学をすることは生を考えることであり、生を考えることはその裏に必ずある死を考えることです。
色んな本を読んだりしてますが、今のところ、「人生とは理不尽なものである」ということだけが自分の軸となりつつあります。
皆さんも一度考えてみて下さい。
きっと今すごく幸せに生活をされている方も、そうでない方もいると思います。
どちらにせよ、今のあなたの状態になっている原因を、全てあなただけに帰することができますか?
例えば、「英語がしゃべれない」と悩んでいる方もいるかもしれません。(このブログを読んでいるくらいですから、日本語が母語の方がほとんどでしょう)
それは、あなたがたまたま英語圏以外で生まれたことも原因の一つです。(もちろん、勉強を頑張らなかった方もいるでしょう。)
では、あなたが英語圏以外で生まれたことは、あなたのせいでしょうか?親のせいでしょうか?
別にどちらのせいでもありませんよね。でもたまたま英語圏以外に生まれたあなたは英語がしゃべれないし、たまたま英語圏に生まれたオバマ大統領は、英語が喋れて、大統領にもなりました。
人生は、こんな「どうしようもないこと」の連続です。
この理不尽のおかけで、得をしている人もいれば、損をしている人もいます。それを平等にするなんてことは土台無理な話で、「平等に不平等」なのがこの世界なのです。
「じゃあ頑張っても無駄だ」というのは、ただの思考の放棄です。
思考するということは、単純に頭を使うだけではありません。あなたの思考は、必ずあなたの経験に基づいています。だからこそ、理不尽なことがあっても、それに対して全力に立ち向かって行くことこそが、結局あなたの人生を考える材料になるのです。
だから、私は「人生が理不尽である」というシンプルな図式を理解し、心底共感していても、とりあえず生きることを頑張ってみようと思うのです。
それでも、やはり「なんでやねん!」と思うことはありますよね。
久しぶりに、大いなる理不尽を目の当たりにしたので、とりとめもないことを書いてしまいました。