こちらは午後2時半です。
先週末は本当に充実していた。

金曜日の夜から、カンバセーションパートナーの

フィリピ―ノRoyが家につれてってくれ

ホームパーティに参加した。


アメリカだからってアメリカ人ばっかじゃなくて

アメリカンそのものの英語を話すのに

びっくり。

オーストラリアよりもアメリカのほうが

多人種国家なのだねとおもう


それで、Royの彼女Ricaとかあと6,7人いたかな

みんなと優しかった~

みんな、うまれてすぐに移ってきたか

ここでうまれたかのどちらかで話す英語

目閉じたらアメリカと全く変わりない。


日本ってあんまりそういう文化ないけど

人格がつくられてないときに動いたほうが

慣れるのは早いんだろうな~と思いながら。


しかし、そこにいたKoreanとChineseは

見た目Asianそのもの。しゃべる言葉が英語なだけ。


思ったんだけど。

アジアにうまれなくてもうまれても

アジアで集まるのが一番落ち着くんだろうと思った

寮のルームメイトのAfrican Americanが

African Americanと遊ぶのと同じように。

そして、日本人が留学にきても日本人と日本語で話すように。


しかし。

私はそれが好きではない。

どうしても、心の中で日本人でつるむ意味がないと思ってしまう

1人になりたくないから、英語を話すのがこわいから

そういったちっぽけな理由やプライドで日本人があつまる

同じ学校に10人でやってきたKoreanだって同じで。


そういうことをここにいて強く思うのにはもう一つ大きな理由がある

25歳のサウジアラビアのクラスメイト。

彼は母国の教授である。25歳の若さで。

彼は、国からお金をもらい、留学することを義務づけられ

毎日夜には国の将来を考えながら寝るらしい。

サウジアラビアという国名だけで勝手に色々と偏見を

もっていた私は、このクラスメイトに会って

とても自分を情けなく思うようになった。


彼はいつもクラスの一番前のど真ん中に座り

どんな時も主体的で、先生と真正面に向き合っている。

私は、その彼のうしろに座って授業を受けていたが、

ある日からその席をあるしゃしゃりブラジリアンにとられ

なくなく右側の二番目の席に座っている。

席の位置はどうでもいいのだが、

彼をみていると、私はやっぱり平和ボケをしていると

痛感するのである。


毎日毎日、この機会を与えてもらったことに

感謝をしつつ、自分の英語に対する自信が日々変わり

それにより自分の気持ちもあがりさがりを繰り返す。

しかし、彼は自信あるなし関係なく

国の将来を背負っているわけである。


そして私は、毎日枕元に置いてある

アンネの日記 英語版を読んでいるわけだが

その本が枕元に置いてあるので、

帰宅するとき、家を出るとき、

必ず目に留まるわけである。

私はどうしてこんなにも

劣等感を感じる場所に自分をおくのが

追い込むのがすきなのだろう。


本音を語りすぎたので話を変える。





金曜日のホームパーティの次の日は

アジアフェスティバルにいった。

これといって記憶はないが、

そこで出会った女の子。VietnamでうまれたKorean French。

彼女はまるで幼い時の私みたいに

周りを気にせず人にすぐなつき

言いたいこと言わないほうがいいこと気にせず

ずっとお話をするのが好きな子だった。

その子と話をしているうちに思った。

私は年をとったのだと。

その子は無邪気で、かわいくて、美人で、

目がキラキラと輝いて、

心がとてもきれいだった。

その子は日本にどうしても留学したいという。

日本語を勉強していて、

英語で話しているときに日本語を教えてあげると

キラキラしてうれしそうにしてくれた。

そんな彼女の無邪気な姿をみながら

私は過ごしてきた20年間で

どれほど成長することができたのだろう

価値のある実のある時間が過ごせたのだろうと考えた。



日本語という言語に関して。

私は、日本語をできることよりも

英語をできることのほうが絶対将来のためになると思う。

しかし、日本語は素敵だと思う。

金曜にホームパーティにいったときも

日本語を学んだことのある友達や

将来日本に留学を考える友達に出会った。

彼ら曰く、日本がすごいと。



どうして日本ではあんなに平和で幸せで

平凡な時間が過ごせるのか。

その時間がこの先も続いていくのだろうか。



ニュージーランドに住む友達と

スカイプをした際にいわれたこと。

日本と中国に留学をしたい。

しかし、中国で将来働きたい。

2年前に話したときは

彼は間違いなく日本で働きたいと言っていた。

中国が経済成長を続けているにしても

今現在の日本のGDPは中国よりも高く

中国はいまだ発展途上国である。

しかし、彼はいう。

日本は外国人が仕事をもつのがとても難しいと。

そういえば、誰かもそういっていた。

それを聞いて、私は

「このままじゃ日本おいてかれる」といった。

彼は、

「いいとおもう。」と言った。

なぜかを聞くと、現実にならないと

わからないし、日本は外国が好きじゃないでしょと。

私は少なくともその考えをもつ人々の1人には一生ならない。

むしろ、そういう考えはもつべきではないと思う。

しかし、留学にきて本気で思うのは、日本は本当に暮らしやすく

平和で平凡な場所であるということ。

そして、ホームシックではなく日本シックになった私は

やはり平凡で平和で暮らしやすい日本にどっぷりと甘えている

日本人の1人であるということがわかった。



Koreanの友達はいう。

韓国では英語ができなければ清掃人にしかなれないと。

しかし、韓国の学費は高すぎて、メキシコへ留学したり

アメリカにきたりしている。

そして、彼はとても日本を愛している。

彼には、韓国、北朝鮮、中国の関係について、

私が韓国と北朝鮮が北と南でくっついているという

知識がない状態を知ったうえで、丁寧に教えてくれた。

私は、かなりの誤解をしていた。

私は彼をステレオタイプな見方でみていたけれど

彼は国が違うだけで私たちと全く変わらなかった。

せうぉる号のことも話したけれど

同じ意見をもっていた。



国関係なく、同じアジアの人々と出会う毎日で、

私は日本人であるということ、アジアにうまれたこと

そしてアメリカ人からみるアジア人はどうなのかということを

たくさん考えるようになった。

しかし、こんなにも大きな大きな地球で

大勢の人々がいきていくためには

異化同化の文化は必須だったのかどうかは全くわからないし

わかる日はこないと思う。



最後に、やはり日本だけでなくアジアの女性は

同じ国の女性と集まることが一番落ち着くことみたいである。

私もそう思う1人である。

しかし、ここではそういう自分でいると罪悪感と情けなさと

無力感で気分が最悪になるわけである。

よって、友達は自然と男が増え、同じ国で集まりその母国語を話す

女性たちを少しずつ避けるようになった。

私はこれが居心地がよいのだ。

わからないけれど、ここで学べることは英語だけではない。



一方で、アメリカ人とドミニカ人のルームメイトのもつ西欧文化と

アジア文化の違いには毎日衝撃である。

彼女たちは、毎日部屋に彼氏を連れ込み、女と集うことよりも

彼氏を優先する。友達が自分の部屋に遊びに来て

リビングで集まっていようが彼らは自分らの部屋で楽しい時を過ごす。

私はそういったカルチャーショックを受ける日々を心底楽しんでいる。


どちらが大人か子供か。

それはわからないけれど、

彼らは自分に心底自信をもっている。

しかも同じ20歳である。


あと6か月と少し。

学べることはたくさんある。

私はこちらにきて、自分は日本人であることを

誇りに思うようになったと同時に、

アメリカの文化も素敵だと思うようになった。

周りに気を配り、目上の人に

尊敬心をもって接する日本の文化は、とても素敵。

しかし、アメリカは誰に対してでも

フレンドリーに接するという文化をもつ。

それはたまにカルチャーショックになるけれど

日本と同じくこれまたとても素敵な文化だと思うのだ。


おわりに

最近、困ることはただ一つ。

一日、二日、英語に触れることを続けると、

必ずスイッチがオフになり、日本語以外

みたくない、ききたくないという衝動にかられることである。

英語を話しているときの自分は

自信に満ち溢れているように元気である。

一方で、本当の自分はきっと不安でいっぱいなのかもしれず

自信に満ち溢れているような態度で英語を話すことが

一番の英語上達の近道というけれど、

その態度は私にとってまだまだ慣れないのかもしれない。