友達からかりていた、
村上春樹の「神のこどもたちはみな踊る」という本を読み終えたんだ。
そのなかでも「蜂蜜パイ」という作品がすごく良くて、
ヒロインの女性が、主人公の男性に
「わかっていること(相手を好いて、そして理解していること)と、
 それを目に見える形に変えていくことはちがうのよ」 と言うんだよね。

主人公はずっとヒロインのことを好いていたんだけど、
結局、主人公の親友がヒロインと結婚することになるんだ。
ある時、ヒロインが、自分に向ける主人公の気持ちを知りつつ、
この台詞を言うんだよ。


どんなに相手を思っていたとしても、
それを形にしなければ、
相手にとって、それは無いものと同じ
雀の涙ほどのものであっても、
それを見た人は、
相手の思いの小ささを知ることができる。

形にしていこう。
思いを伝えてみよう。

休憩なのか店の外で、彼女とすれちがったって、

その子はボクの存在を感じ取ることはない。

なにも準備をととのえていないボクは、

すれちがった彼女の存在をふりかえり確かめるだけ。

多くの人の中にまぎれたって、ひとめで彼女とわかるんだ。



他の店員さんと一緒にいるときは、

声をかけるわけにはいかない。

きっと、そのあと、迷惑がかかるから。


「昨日のあの人、だれ?お客さんに声をかけられたの?」

本当にそれは、彼女にとって迷惑なことなのだろうか?



それなら。

彼女が一人になる時間、それは閉店後。



この建物のどこから彼女は出てくるんだろ。



帰りぎわ、お店により閉店時間を調べた。



街が静まり多くの人が眠りにつくころ、

ボクは静かに自転車をはしらせ、あの子のもとに向かったんだ。

今日の帰り道。
スタバの前を通りかかると、
久々に、あの子をガラス越しに見ることができた。

黒いポロシャツに黒いショート。
背がいくらかあるせいで、
小さな顔がより一層、小さく見えるんだ。

いつだったろうか。
ボクは何に恐れを感じているのかわからないまま、
彼女に声をかけることを決心したんだ。

声をかけることにデメリットなんて、
一つだってありやしない。
そう心の中で何回も確かめた。