逃げちゃいけない瞬間がわからないのは罪かも
大好きなユニゾンのこの歌詞。
最近脳内を駆け巡ることが多い。
逃げちゃいけない瞬間か…と、耳と心が痛いったらありゃしない。
なのに、脳内エンドレス再生。
それを知ってか知らずか…。
22歳娘までもが
『今の仕事はもちろん描きたい事を書いている…
でも。
私が描きたいと思ったことを、この世に馴染ませるように色々辻褄合わせをして出来上がっているんだ。
私が本当に描きたい線と色はこうじゃない。』
そう断言する娘。
できない事や苦手なこと。
それらは本当にできないのか。
どうにかしたらできるのでは?
こうしたらどう?
…うむ…。
できるようにはなるが感覚がしっくりとこない。
なぜ?
私の思い描くモノではないからだ。
私の描きたい線と色はこうじゃない。
私の手と感覚はこれを描きたいとは言っていない。
と、苦手を確かめそれが自分にとって必要なのか不必要なのかすらも確かめて進む娘の姿はね…
見ているととても誇らしく思える…と共に
私の未熟さを痛感する
得手不得手を逃げる口実にしてたら、なんも始まらないやんか。
と、身を以って体現してくれている姿。
…痛い…私の耳と心が痛すぎる…
だがしかし。
これは22娘の自分との向き合い方なんだよな。
これが正解ではないし、万人にオススメしたいモノでもない。
人の数だけ自分との向き合い方があっていいと思うの。
でもね。
自分との向き合い方って…人様に言われた言葉に振り回されていたら自分がどんどん埋もれるだけなのよ。
自分の中の正解を求める余り、人様の提示してくれた正解に埋もれちゃうの。
あのね…
それは『わかった気になっただけ』なんだからね。
そうだ。
23娘がこの前言っていたの。
『私は…人を肯定したり褒めるのが苦手。
凄いなってもちろん思うし、応援したいって思うんだよ?
でもね。
私の『いいね👍』『凄いね👍』がその人の人生を狂わせたら怖いんだよ。
家族には言えるけどさ。
友達とか周りの人たちには…安易に言えないよ。』
って。
これを聞いた時
『人って自分以外の事は他人事だから、好き勝手に言えるんだよな。』と。
そう。
『言葉』はその人を応援することもできるが、迷わせることもできる。
今は『自分の言の葉』を持たないで、ありふれた言葉に共感してその言葉を自分のように扱うよね。
違うんだよ。
そうじゃないんだよ。
なんでその言の葉に自分の琴線が触れたのか。
大切なのはそこなんだよ。
その言葉に反応した心の裏側。奥底。
と。
ここまで書いて、文頭の
『逃げちゃいけない瞬間がわからないのは罪かも』
に私がここまで反応しているのか…はさ。
逃げたいって思ってるからなんだよね。
踏ん張り時なのに逃げようとしてるんだよ。
私さんや。
私はやってする後悔とやらないでする後悔、どっちが好み?
自分のケツは自分で拭きたいよね?
後片付けをしながら散らかさない人生を生きたいんだよね?
さて。
ここまでわかったなら、あともう一息。
私よ。
私ならやれるぞ👍
