カタログ的な物を見ずに書いているので、曖昧な箇所が多いのはすみません。。。
個人的な夏のメイン行事、ART OSAKAと会期が被る感じで、堂島リバービエンナーレというアートイベントが開催されていました。このビエンナーレは、過去のシンガポールビエンナーレに出展された作家作品から、特に社会的メッセージの強い物を、というテーマで構成されているものです。
会場は堂島リバーフォーラムという、規模は小さい物の東京のミッドタウンを思い出させる瀟酒な場所の一角にあるイベントスペース。出展作品数自体はそんなに多くはなかった物の、割と贅沢な空間の使い方をした、三階層での展示でした。
1階は電気を暗くし、各作品にスポットのライトを当てる形で紹介。社会的なメッセージとは、宗教、貧困、消費生活その他色々とあると思うのですが、どのフロアも「見せる」という事が肝要だった様で、そのそれぞれのテーマで章構成をするのではなく、混在させている感じ。大きな立体や装置による作品も多く、入り口を入ってすぐから見応えのある展示が続きます。
何も参照にしていないという事で、作品については覚えている物しか書けないのですが、全体を通して一番印象的だったのは、ヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」という本が、青い水の中で浮きながら、人為的に作られた水流の性で、上下左右のどこにも行けなくなっているもの。方向性を見失った現代社会を風刺的に表現したような説明はあったのですが、重く深いだろうテーマをシンプルに表していたのが潔く感じました。やったもん勝ちな感も否めない表現方法ではありましたが。
この「論考」に対するヴィトゲンシュタインの立場(出版して後々に、ヴィトゲンシュタインは「論考」に対していくつかの誤りを認めていたはず)の変化も含めて、複層的な見方が出来るのは、まさに現代的なアートの一形態を象徴的に表しているようでした。
他には、黒いインクか墨による噴水。近くに行き過ぎるとたまにその墨が飛び跳ねてくるらしく、じっくりは見なかったのですが、その観客による「見ない」という行為も表現の一環だったんでしょうか。分かりませんが。フロアの外周に短く立てられたパネルには、アメリカの日用品のパッケージに、消費社会を揶揄するような強いメッセージが、まるで商品名のように描かれていたり。何気ない自分たちの日々の生活が、実は途上国に暮らす人たちからの様々な搾取の上で成り立っていたり、経済と戦争は当然ながら一つのセットだったりする事から逃れられない、その気付きをくれる作品だったと思います。
日用品を使ったアートと言えば、何かしらの一つの集団が消費し捨てたものを組み立てて、キューブ上の一つの家を建てている作品もありました。構成するパーツには金属製の物も多く、実際はその家的な何かにスポットで光を当てているのですが、その反射する力が強すぎるからか、作品そのものが発光しているようで、とても印象的でしたね。廃棄されるはずだったものが、美しい作品として立ち上がるというのも、皮肉というよりは何か切ない。
そういったモロ社会的な作品の中に、世界の色んな場所に月の立体を設置して、写真を撮っている作家さんの作品もありました。物事や場所の差異や同質性、あるいは見た感じ平和っぽい表現なので戦争に対するアゲインストとか、考えればいくらでも面倒に考えられる作品ではあると思うのですが、単純に可愛かったです。
会場外の廊下部分にも作品が。多分実際に作家さんが堂島まで描きに来たと思しき、壁一面のペインティングを通り抜けると、ミヅマアートギャラリーなどから作品を出展し、クラブ(踊る方ね)のアゲハの内装でも有名な、松蔭浩之さんの作品が。数年前から続けているプロジェクトで、ビニールハウスの中で瓶を割り続けるパフォーマンスの映像とその成果物(むしろガラスの残骸?)が展示されていました。けがをしないように防御している中で、敢えて外に露出している顔や腕。実際にけがをした事もあるようですが、目の前で止め得ない危険な行為が続いていたら、誰でも何かしら感じる所はあるでしょう。
って、マスターピースと呼ぶべき作品は多くあったのに、ごく一部の感想しか書いてない…。
2階に上がったら、まずは会田誠さんの作品を観に行く事に。会田さんがウサマ・ビン・ラディンに扮し、日本に逃げ匿われているという設定で、色々とぼやくもの。やる気のないラディンの独白に対し、カタログを見ると小難しい解釈とその価値について書いてあった気がしますが、あれは会田さんが、美術表現さえ意図せず、ただやりたかっただけなんだろうなぁと思います。09年の今に与える衝撃は小さいですが、単純に楽しそうでよかった。
このフロアは会田さんの作品を始め、映像作品が多くありましたが、気の短い僕をして最初から最後まである程度の長さを見続けさせた、力のある作品が多かったと思います。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」のストーリーをなぞって演劇仕立てにする作品には大笑いしつつ、その詞の意味を堪能してみたり。殺人者の訴えが曲のメインながら、前後の母や友人に語りかける言葉の切なさたるや。後は、虐待やドラッグ禁止を啓蒙する東アジアのどこかの国の映像は、DVをする旦那から子供を守る母親や、薬によってはなれざるを得ないカップルなど、痛々しくて途中で退席。
潮の満ち引きや雨が降ったりする自然の動きの中で、影だけが映し出されたような何人かの男性が漂流しているような映像が、特に大きいスペースを割いて展示されていたのですが、1階フロアの吹き抜けになっている場所にあったため、観る立ち位置から見えるイメージや、聞こえる音が混ざり合って、ビエンナーレ会場全体を巻き込むパワーと、幻想的な世界を見せてくれました。感じる物が混ざり合うという現象は、作家さんが意図した所ではなく、キュレーターさんの展示力の妙でしょう。良かったと思います。
3階(三層目という事で実際の階数はもっと上だったかも)のフロアは、悪魔のお人形さんがインスタレーションされていたり、西洋的な建物に雪が降り積もる景色がこれまた幻想的に表現されていたりと、ややキリスト教的な表現に見えました。他のフロアが宗教的価値観よりも、もっと生活に近い問題を扱った展示が多かったので、宗教的な色合いが強い作品は敢えて離して展示しておいたのでしょうか。ちなみに上にもちょろっと書いた通り、1階と2階は吹き抜けで繋がっている部分があり、尚更3階が隔離されているように感じました。
なんせ、普段映像を見ないような人間がガッツリ映像を見たりしてたので、予定以上に時間をこのビエンナーレに費やしてしまいましたが、それだけの魅力はあるイベントだったと思います。シンガポールビエンナーレの再構成ということで、世界中から選ばれた出展作家による展示なだけあって、日本人より生死に近い場所にいざるを得ない生活をしている人たちの、リアルな生活感を反映させたような作品に触れる事は、美術という存在を超えて、自分の中に漠然とでも社会的な問題意識を植え付けてくれました。
このビエンナーレとは又別枠になるでしょうが、日本が抱えている今だからこその問題は多くあると思います。そういう問題に対して美術家はどういう意識を持っているのか、もっと日本に注目を与えるような展覧会が、何かあったらいいなぁとも思います。
最近、何かを書こうとすると妙に堅苦しい言葉遣いになるので、夏に限定しない別の美術鑑賞ブログに、本当に訳の分からない文章を書き綴って、リハビリというか憑物払いをしております。
別に、ここに書くものも自己満足なんだからヘンテコリンな文章でかまわないのだけれど、一応ボランティアでも人からお願いされて書いている某か文章らしいものの入稿も近付いて来ているので、もうちょっと肩の力を抜かないと行けないなぁと悩んでいる所。
あとは、美術に関する事も含めて、日々の煩悩にも苛まれています(笑
誰か解決してください(他力本願w
という事で、もうちょっとで更新再開出来たらなぁと。
別に、ここに書くものも自己満足なんだからヘンテコリンな文章でかまわないのだけれど、一応ボランティアでも人からお願いされて書いている某か文章らしいものの入稿も近付いて来ているので、もうちょっと肩の力を抜かないと行けないなぁと悩んでいる所。
あとは、美術に関する事も含めて、日々の煩悩にも苛まれています(笑
誰か解決してください(他力本願w
という事で、もうちょっとで更新再開出来たらなぁと。
なかなか鑑賞記の更新が捗っていませんが、徐々に書いていければと思います。TOKYO PHOTOの最終日を区切りとして、夏から秋へと美術鑑賞の感想内容を移行したいのと、5月から7月ぐらいまでの感想をまだ全然手付かずで書いていないから、ノリノリでやっていければ(棒読み)
今日は横尾忠則さんも出展するグループ展のレセプションと、TOKYO PHOTOの内覧会に行って参ります。行く数だけは増えていく。
■加藤千尋「変化(へんげ)」@Yuka Sasahara Gallery
Yuka Sasahara Galleryで作品を見て以来気になっている作家の一人である、加藤千尋さん。男性です(だったはず)風景画や静物画などの洋画を描いても充実した結果を残せそうな、技術力高い加藤さんが描くのは、この世には存在しない不思議な生き物や、今にも動き出しそうな髪の毛の固まり。加藤さんの技術と美的感覚が非現実的な世界に生命と、観ている内に「こういう生き物が実際にいたら面白いだろうなぁ」という関心を生み出します。
…いや、実際にいたら恐ろしい存在ばかりなのに、それでも作品それ自体は美しいと感じるのだから、人間の意識とは面白い物です。僕だけだろうか。展示風景自体をいちいちメモするタイプではないので、展示作品のすべてを覚えている訳ではないのですが、今回は髪の毛の生き物や髪の毛そのもの(+装飾的なパーツ)が、艶かしいとはまた違う、何とも言えない艶を持って美しく、印象に残っています。変な生き物も2、3居たような。
作家本人の描きたい物がそうじゃないから仕方ないとはいえ、いつか加藤さんが描く、古典的な人や動物をモチーフとした作品も観てみたいです。ある意味将来を期待させられる作家です。
■ワンピース倶楽部展vol.2「はじめてかもしれない」(8/8~8/10)
年に1点、現存するプロの作家から作品を購入し、現代アートを中心とした美術業界を応援していこう!という活動目的の物に集まった人たちによる、アートコレクター倶楽部の「ワンピース倶楽部」。今回は会員がその年に購入した作品を持ち寄り発表する、いわば年に一度の活動報告会です。僕は初日に行きました。会場はかつてギャラリーのナンヅカ・アンダーグラウンドがあった渋谷のスペース。ちなみに昨年の第一回は浅草橋のラディウム-レントゲンヴェルケで開催されています。
発表会以外にも、ギャラリーディレクターや作家さんのトークセッションを開催するなど、精力的にイベントを仕掛けたり参加したりしている方々の集まりなので、僕自身がギャラリーを見て回るときに遭遇する率も結構高く、面識を頂いている内に、会員ではないながら各種イベントに顔を見せるようになりました。
この日は計13軒のギャラリー、イベントスペースを回っていたので、発表会に併せて開催されたレセプションもかなり時間が経ってからお邪魔したら、レセプションのイベントとして、プロのマジシャンがマジックを披露していて、みんなじっくりと手元を観ていました。ふと、マジックを見守る人たちを眺めていると、有名ギャラリーのディレクターさんやら作家さんやら。
それぞれ会員の持ち寄った作品が展示されている中に、以前イッセイミヤケが発行した現代アートのマガジンに取り上げられ、個人的に強い興味を寄せていた、小山登美夫ギャラリーで出展経験のある桑久保徹さんの大きな作品が、スペース一番奥手にドカンと展示されていてビックリしました。サイズやキャリアを抜きにしても、高額作品だろうその作品が、経済的な対価を経由して、その作品を欲するコレクターさんの手に渡っている様を間近で見れたという意味でも、とても感じるところのあった一点です。あとは、レントゲンヴェルケの作家さんで僕もお気に入りの、桑島秀樹さんや内海聖史さんの作品もあって、展覧会以来久々に生の作品と対面出来て良かったです。
作品の詳細や説明が書いてある、いわゆるキャプションの欄には、その作品の購入者の名前は書かれず、作家と購入場所、および購入動機が書かれ、また、売約済みを意味する丸くて赤いシールが貼られています。購入動機を見ると、その作家さんへの愛情や、ただただその作品が好きだという思いが伝わっている言葉が綴られていて、確かに動産としての美術は購入自体が簡単なものではないけれど、いつかお気に入りを購入するためにがんばってみるのも良いなぁと思える空気の流れている展覧会でした。
■グループ展「建築以前・建築以後」@小山登美男ギャラリー
戦後の日本建築史をおさらいする様な展覧会が2年後ぐらいにパリぐらいのところで開催されるようで、それに先駆けて、この夏に都内のギャラリーを中心に「アーキテクト・ジャパン」と銘打って、様々な場所で展示やイベントが行われていました。村上隆や奈良美智を世に送り出したというキャッチはもう必要ないぐらい、国内外の現代美術界で活躍著しい小山登美夫さんのギャラリーでも、伊東豊男さんやSANAAの二人組、菊竹清訓さんなどの高名な建築家をピックアップし、世代の異なる4人から戦後の日本建築の一端を覗いてみる意欲的な企画が開催されました。
メディアが建築なもので、出展作品自体は建築モデルやプランを描いたドローイングや言葉のシート、それらが清澄白河のアートコンプレックスに2つある小山登美夫ギャラリーのスペースの双方に、インスタレーションのようにして展示してありました。あとは、各建築家の映像作品が暗室を設けて流されていましたね。個人的に気になったのは、多分伊東さんのプランである、本やDVDなどの「ソフト」により街そのものが常に更新されていくというコンセプト。
具体的な言葉は忘れてしまったのですが、なぜそういう街が必要であり、実際どのように機能していくのか、その過程が極めて明快でシンプルな言葉により順序立てられていたのが、個人的に一番印象的でした。実際は何かのコンペやクライアントからの依頼があったり、あるいはそれらを視野にいれての着想とプランニングだとは思うんですが、そういった外的な要望もふまえた上で、出すべき答えを分かりやすくシンプルに見せられる力、欲しいけど、そのシンプルにが一番難しいんだよなぁ…って、美術展の感想日記とは思えない内容ですが、心と頭を動かされた分、これはこれでアートの効力なのかもしれません。
SANAAの都市モデルは、サイズの大きさもあり壮観でした。格好良かったしね。映像は時間の関係で見れなかったのがもったいない。
■市原研太郎キュレーション展「Truth - 貧しき時代のアート」、及びグループ展「生成の世代」@hiromiyoshii
この展覧会自体はART OSAKAから帰京してしばらく、8月も終わる頃だったのですが、19日に上に書いたワンピース倶楽部の定例会があり、そちらで吉井仁実さんと、今展覧会のキュレーションを担当した美術評論家の市原さんの対談を見てきました。ワンピース倶楽部の定例会では、毎回どこかしらのギャラリーディレクターや美術関係者を呼ぶトークセッションを開催し、会員じゃなくてもビジターとして聴講する事が出来るのです。現代美術の深いところを知りたい人には、お勧めです。
さて、その対談の中でも題材として取り上げられていた、今回の市原さんキュレーション展、10人の作家を前後期に分けて展示する、その後期にお邪魔しました。テーマは飽食や物質社が進んだ今だからこそ感じる、精神的な貧しさを、美術展示なのでそういう状況を打開する力を持った美術作品のプレゼンテーションになるのかな?
特に気になったのは、僕がボランティアをやった101 TOKYOというアートフェアで、新進の作家を紹介するブースに展示されていた、短冊状のアルミの様な銀の柔らかい素材で作られた円が、ウネウネうねりまくる立体。立体っていうのだろうか?あれ。それが、今回の展覧会でも展示されていました。同じ作家とおぼしき、目映い原色の直線的なパターンによる抽象画も、これまたフェアに出展されていたので、懐かしかったです。後は、割と伝統的な抽象画に見える表層ながら、技術的にとても面白い油絵や写真と思しき大きな作品があったり、村上隆的な流行や、挑戦的なインスタレーションを見る機会が多くなっている中で、こういう抽象的な作品っていつの時代もなくならないんだろうなぁと、シミジミと眺めていました。
ギャラリー内の別の部屋では、小山登美夫ギャラリーと同様に、アーキテクト・ジャパンの一環で(多分)、グループ展が。メインの展示と同調しているのか建築モデルのコンセプトだけ引っこ抜いてきた様な、抽象的なモデルが展示されていた覚えがあります。この展覧会に行った人のブログを見ると、「建築家が値段をつけて模型を展示するという実験的な展覧会」だったそうで、気付きませんでした。確か、建築モデルを作成する際の材料と思しき物で作られた熊の人形があって、それがキュートでした。
■ウィルフレード・プリエト&イグナシオ・ウリアルテ「I AM MAKING ART」(~8/29)、及び平田晃久「Frame frame」(~年内一杯)@タカイシイギャラリー
長くなり過ぎた。手短に書こう。ていうか、外国人ユニットの作品については、床面に固められたコーヒーと牛乳が印象的すぎて、ほかの作品を覚えていないのよ、本当に。映像作品はあったな。平田さんの作品は、これも建築イベントの流れかな?繋ぐことでサイズ可変な感じの、炎の様な植物の様な銀色のユニットを、ギャラリーのエントランスやオフィス空間の天井、柱にくっつける形で展示していました。一見過剰な装飾のように見えるのですが、計算され尽くされた作品自体の構造と展示場所によってか、オフィスでの仕事をしながら視界に入っても、あまり気にならない様な自然さがありました。…スタッフさんは結構気にしているかもしれんが。
今日は横尾忠則さんも出展するグループ展のレセプションと、TOKYO PHOTOの内覧会に行って参ります。行く数だけは増えていく。
■加藤千尋「変化(へんげ)」@Yuka Sasahara Gallery
Yuka Sasahara Galleryで作品を見て以来気になっている作家の一人である、加藤千尋さん。男性です(だったはず)風景画や静物画などの洋画を描いても充実した結果を残せそうな、技術力高い加藤さんが描くのは、この世には存在しない不思議な生き物や、今にも動き出しそうな髪の毛の固まり。加藤さんの技術と美的感覚が非現実的な世界に生命と、観ている内に「こういう生き物が実際にいたら面白いだろうなぁ」という関心を生み出します。
…いや、実際にいたら恐ろしい存在ばかりなのに、それでも作品それ自体は美しいと感じるのだから、人間の意識とは面白い物です。僕だけだろうか。展示風景自体をいちいちメモするタイプではないので、展示作品のすべてを覚えている訳ではないのですが、今回は髪の毛の生き物や髪の毛そのもの(+装飾的なパーツ)が、艶かしいとはまた違う、何とも言えない艶を持って美しく、印象に残っています。変な生き物も2、3居たような。
作家本人の描きたい物がそうじゃないから仕方ないとはいえ、いつか加藤さんが描く、古典的な人や動物をモチーフとした作品も観てみたいです。ある意味将来を期待させられる作家です。
■ワンピース倶楽部展vol.2「はじめてかもしれない」(8/8~8/10)
年に1点、現存するプロの作家から作品を購入し、現代アートを中心とした美術業界を応援していこう!という活動目的の物に集まった人たちによる、アートコレクター倶楽部の「ワンピース倶楽部」。今回は会員がその年に購入した作品を持ち寄り発表する、いわば年に一度の活動報告会です。僕は初日に行きました。会場はかつてギャラリーのナンヅカ・アンダーグラウンドがあった渋谷のスペース。ちなみに昨年の第一回は浅草橋のラディウム-レントゲンヴェルケで開催されています。
発表会以外にも、ギャラリーディレクターや作家さんのトークセッションを開催するなど、精力的にイベントを仕掛けたり参加したりしている方々の集まりなので、僕自身がギャラリーを見て回るときに遭遇する率も結構高く、面識を頂いている内に、会員ではないながら各種イベントに顔を見せるようになりました。
この日は計13軒のギャラリー、イベントスペースを回っていたので、発表会に併せて開催されたレセプションもかなり時間が経ってからお邪魔したら、レセプションのイベントとして、プロのマジシャンがマジックを披露していて、みんなじっくりと手元を観ていました。ふと、マジックを見守る人たちを眺めていると、有名ギャラリーのディレクターさんやら作家さんやら。
それぞれ会員の持ち寄った作品が展示されている中に、以前イッセイミヤケが発行した現代アートのマガジンに取り上げられ、個人的に強い興味を寄せていた、小山登美夫ギャラリーで出展経験のある桑久保徹さんの大きな作品が、スペース一番奥手にドカンと展示されていてビックリしました。サイズやキャリアを抜きにしても、高額作品だろうその作品が、経済的な対価を経由して、その作品を欲するコレクターさんの手に渡っている様を間近で見れたという意味でも、とても感じるところのあった一点です。あとは、レントゲンヴェルケの作家さんで僕もお気に入りの、桑島秀樹さんや内海聖史さんの作品もあって、展覧会以来久々に生の作品と対面出来て良かったです。
作品の詳細や説明が書いてある、いわゆるキャプションの欄には、その作品の購入者の名前は書かれず、作家と購入場所、および購入動機が書かれ、また、売約済みを意味する丸くて赤いシールが貼られています。購入動機を見ると、その作家さんへの愛情や、ただただその作品が好きだという思いが伝わっている言葉が綴られていて、確かに動産としての美術は購入自体が簡単なものではないけれど、いつかお気に入りを購入するためにがんばってみるのも良いなぁと思える空気の流れている展覧会でした。
■グループ展「建築以前・建築以後」@小山登美男ギャラリー
戦後の日本建築史をおさらいする様な展覧会が2年後ぐらいにパリぐらいのところで開催されるようで、それに先駆けて、この夏に都内のギャラリーを中心に「アーキテクト・ジャパン」と銘打って、様々な場所で展示やイベントが行われていました。村上隆や奈良美智を世に送り出したというキャッチはもう必要ないぐらい、国内外の現代美術界で活躍著しい小山登美夫さんのギャラリーでも、伊東豊男さんやSANAAの二人組、菊竹清訓さんなどの高名な建築家をピックアップし、世代の異なる4人から戦後の日本建築の一端を覗いてみる意欲的な企画が開催されました。
メディアが建築なもので、出展作品自体は建築モデルやプランを描いたドローイングや言葉のシート、それらが清澄白河のアートコンプレックスに2つある小山登美夫ギャラリーのスペースの双方に、インスタレーションのようにして展示してありました。あとは、各建築家の映像作品が暗室を設けて流されていましたね。個人的に気になったのは、多分伊東さんのプランである、本やDVDなどの「ソフト」により街そのものが常に更新されていくというコンセプト。
具体的な言葉は忘れてしまったのですが、なぜそういう街が必要であり、実際どのように機能していくのか、その過程が極めて明快でシンプルな言葉により順序立てられていたのが、個人的に一番印象的でした。実際は何かのコンペやクライアントからの依頼があったり、あるいはそれらを視野にいれての着想とプランニングだとは思うんですが、そういった外的な要望もふまえた上で、出すべき答えを分かりやすくシンプルに見せられる力、欲しいけど、そのシンプルにが一番難しいんだよなぁ…って、美術展の感想日記とは思えない内容ですが、心と頭を動かされた分、これはこれでアートの効力なのかもしれません。
SANAAの都市モデルは、サイズの大きさもあり壮観でした。格好良かったしね。映像は時間の関係で見れなかったのがもったいない。
■市原研太郎キュレーション展「Truth - 貧しき時代のアート」、及びグループ展「生成の世代」@hiromiyoshii
この展覧会自体はART OSAKAから帰京してしばらく、8月も終わる頃だったのですが、19日に上に書いたワンピース倶楽部の定例会があり、そちらで吉井仁実さんと、今展覧会のキュレーションを担当した美術評論家の市原さんの対談を見てきました。ワンピース倶楽部の定例会では、毎回どこかしらのギャラリーディレクターや美術関係者を呼ぶトークセッションを開催し、会員じゃなくてもビジターとして聴講する事が出来るのです。現代美術の深いところを知りたい人には、お勧めです。
さて、その対談の中でも題材として取り上げられていた、今回の市原さんキュレーション展、10人の作家を前後期に分けて展示する、その後期にお邪魔しました。テーマは飽食や物質社が進んだ今だからこそ感じる、精神的な貧しさを、美術展示なのでそういう状況を打開する力を持った美術作品のプレゼンテーションになるのかな?
特に気になったのは、僕がボランティアをやった101 TOKYOというアートフェアで、新進の作家を紹介するブースに展示されていた、短冊状のアルミの様な銀の柔らかい素材で作られた円が、ウネウネうねりまくる立体。立体っていうのだろうか?あれ。それが、今回の展覧会でも展示されていました。同じ作家とおぼしき、目映い原色の直線的なパターンによる抽象画も、これまたフェアに出展されていたので、懐かしかったです。後は、割と伝統的な抽象画に見える表層ながら、技術的にとても面白い油絵や写真と思しき大きな作品があったり、村上隆的な流行や、挑戦的なインスタレーションを見る機会が多くなっている中で、こういう抽象的な作品っていつの時代もなくならないんだろうなぁと、シミジミと眺めていました。
ギャラリー内の別の部屋では、小山登美夫ギャラリーと同様に、アーキテクト・ジャパンの一環で(多分)、グループ展が。メインの展示と同調しているのか建築モデルのコンセプトだけ引っこ抜いてきた様な、抽象的なモデルが展示されていた覚えがあります。この展覧会に行った人のブログを見ると、「建築家が値段をつけて模型を展示するという実験的な展覧会」だったそうで、気付きませんでした。確か、建築モデルを作成する際の材料と思しき物で作られた熊の人形があって、それがキュートでした。
■ウィルフレード・プリエト&イグナシオ・ウリアルテ「I AM MAKING ART」(~8/29)、及び平田晃久「Frame frame」(~年内一杯)@タカイシイギャラリー
長くなり過ぎた。手短に書こう。ていうか、外国人ユニットの作品については、床面に固められたコーヒーと牛乳が印象的すぎて、ほかの作品を覚えていないのよ、本当に。映像作品はあったな。平田さんの作品は、これも建築イベントの流れかな?繋ぐことでサイズ可変な感じの、炎の様な植物の様な銀色のユニットを、ギャラリーのエントランスやオフィス空間の天井、柱にくっつける形で展示していました。一見過剰な装飾のように見えるのですが、計算され尽くされた作品自体の構造と展示場所によってか、オフィスでの仕事をしながら視界に入っても、あまり気にならない様な自然さがありました。…スタッフさんは結構気にしているかもしれんが。
既に夏は終わろうとしているのに、今更夏のアートイベント、美術館展示情報の日記を上げてみる。10月上旬まで継続して開催している展覧会もあるので、メモ代わりにも良かろうと。クラスカは間違ってギャラリー情報の事に書いてしまってるけど、まぁ移植が面倒なのでそのままで。
しかし、相変わらずギャラリーメインの美術鑑賞で、美術館での鑑賞は少ないな。ギャラリーを巡ることは「ここから未来に残る作家が生まれてほしい、あるいはその胎動を見たい」という願いもあっての事なのだけれど、マスターピースを楽しめる事は、早く見識を付けたいと思っている身には、一番の糧になってくれるからね。
年始の加山又造展からは、日本画や彫刻(陶芸)、ひいては日本文化全体に興味を持ち出しているので、現代美術なり何なりを見過ぎて、変に頭が固くなりすぎる前にいろいろと触れていこう。
キリがないので、徐々に補完していきます。あ、越後妻有アートトリエンナーレは、財政難により(爆)行けません、ああ。
■石川結介「"UNFINISHED ELIXIR" 未完のエリクシール」@那須・藝術倉庫(~8/30) ※行けませんでした
http://www.roentgenwerke.com/03exhibitions/2009exhibitions/0908ISHIKAWA/0908ishikawa_02.html
※9月下旬に那須の地元イベントに併せて、藝術倉庫を開場する際に展示を公開する予定。
■真夏の夢 -A Midsummer Dream-@椿山荘(~8/30) ※行きました
http://www.chinzanso.com/event/dandans_web/
■TOKYO PHOTO(写真のアートフェア)@ベルサール六本木(~9/6)
http://tokyophoto.org/jp/index.html
■ゴーギャン展@東京国立近代美術館(~9/23)
http://gauguin2009.jp/
■鴻池朋子「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」@東京オペラシティギャラリー(~9/27)
http://www.operacity.jp/ag/exh108/
■「スティッチ・バイ・スティッチ 針と糸で描くわたし」@東京都庭園美術館(~9/27)
http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/stitchi/index.html
■メアリー・ブレア展@東京都現代美術館(~10/4)
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/98/
■伊藤公象「WORKS 1974-2009」@東京都現代美術館(~10/4) ※行きました
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/100/1
■コレクション展@原美術館(~10/12)
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
■アイ・ウェイウェイ「何に因って?」@森美術館(~11/8) ※行きました
http://www.mori.art.museum/contents/aiweiwei/index.html
しかし、相変わらずギャラリーメインの美術鑑賞で、美術館での鑑賞は少ないな。ギャラリーを巡ることは「ここから未来に残る作家が生まれてほしい、あるいはその胎動を見たい」という願いもあっての事なのだけれど、マスターピースを楽しめる事は、早く見識を付けたいと思っている身には、一番の糧になってくれるからね。
年始の加山又造展からは、日本画や彫刻(陶芸)、ひいては日本文化全体に興味を持ち出しているので、現代美術なり何なりを見過ぎて、変に頭が固くなりすぎる前にいろいろと触れていこう。
キリがないので、徐々に補完していきます。あ、越後妻有アートトリエンナーレは、財政難により(爆)行けません、ああ。
■石川結介「"UNFINISHED ELIXIR" 未完のエリクシール」@那須・藝術倉庫(~8/30) ※行けませんでした
http://www.roentgenwerke.com/03exhibitions/2009exhibitions/0908ISHIKAWA/0908ishikawa_02.html
※9月下旬に那須の地元イベントに併せて、藝術倉庫を開場する際に展示を公開する予定。
■真夏の夢 -A Midsummer Dream-@椿山荘(~8/30) ※行きました
http://www.chinzanso.com/event/dandans_web/
■TOKYO PHOTO(写真のアートフェア)@ベルサール六本木(~9/6)
http://tokyophoto.org/jp/index.html
■ゴーギャン展@東京国立近代美術館(~9/23)
http://gauguin2009.jp/
■鴻池朋子「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」@東京オペラシティギャラリー(~9/27)
http://www.operacity.jp/ag/exh108/
■「スティッチ・バイ・スティッチ 針と糸で描くわたし」@東京都庭園美術館(~9/27)
http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/stitchi/index.html
■メアリー・ブレア展@東京都現代美術館(~10/4)
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/98/
■伊藤公象「WORKS 1974-2009」@東京都現代美術館(~10/4) ※行きました
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/100/1
■コレクション展@原美術館(~10/12)
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
■アイ・ウェイウェイ「何に因って?」@森美術館(~11/8) ※行きました
http://www.mori.art.museum/contents/aiweiwei/index.html
結局8月中に8月のことを殆ど書き上げないまま、気付いたら9月に入ってしまいました。このブログの立ち上げた目的自体、夏はもちろん、秋口から冬頭まで続くアートな季節を視野に入れて、その頃のイベントや展覧会についての記事をタイムリーに更新できるよう、癖を付けようというものだったのに、全然書いてないっていう。駄目人間だなぁ。
とりあえず、観に行った展覧会で、現時点で情報の項目に名前を挙げているものについて感想を書いてみる。それ以外にも、椿山荘やこの夏のメイン行事だったART OSAKAなど、ゴツいのがいくつかあるなぁ。椿山荘などは、先に感想を書いているクラスカと同じ日に観に行っているので、感想を書く順序がもう、めちゃくちゃ!
■手塚愛子展「落ちる絵ーあやとり」@ケンジタキギャラリー
現在開催中の所沢ビエンナーレには、まるで美しくそれであって巨大なハンモックのような、布と糸の展示を出されている手塚さんの個展。ワコウワークスの二つのスペースに挟まれる形で、西新宿の先の角筈近くに居を構えるケンジタキギャラリーにて。
個展タイトルの通り、落ちる絵とあやとりが展示されていました。落ちる絵といっても、展示されている油絵が、壁から落っこちている訳ではなく、一見美しいカーペットのようにデザインされた一枚布のある部分から、その布を構成する糸がびよ~んと引っぱり(引きずり?)落とされて、下の方で別のメッシュによる支持体に縫い付けられて、別の絵を構成しているっていう。ごくありふれた光景(というには元となる布も十分美しいものだったんですが)を、好奇心の目を持って、ふと斜めから見たり弄ってあげると、とても美しい物が潜んでいるんだなぁって、手塚さん自身の生活に対するスタンスや、鑑賞者に対する提言のような物を感じてしまいました。
あやとりは、本当にあやとりしている手と糸がメッシュによる支持体に縫い付けられているのですが、メッシュから透けて、その作品を仕上げるのに必要だったんだろう、糸の余った(?)部分が見えています。美しい物を作り出すために費やされた、努力や失敗の跡も大事にしようという思いを感じました。
にしても、糸や布による作品は、今年の早い時期にミヅマアートギャラリーで青山悟さんの個展、あるいは山本現代の作家さんの個展を見ましたが、被服に使われている素材だけあってか、美しい物が多いですね。庭園美術館でのスティッチ・バイ・スティッチも早く観に行きたいものです。
■栗山斉「∴0=1 -prelude」@magical, ARTROOM
マジカルから作品を発表したことのある大庭大介さんの記事を、先の日記にもリンクを張っているシャンパンサイトの美術の項目に書いたりして、個人的にお世話になっているマジカルアートルームの最新個展は、栗山斉さん。
電球のヒューズが切れる際に発生する、彩り豊かな発色パターンを写真で捉え、それらを連続させたりして作品を構成されていますが、ヒューズの切れる瞬間がこんなに美しく面白いとは!と思わされる栗山さんの作品は、ある意味気付きによる新たな美術表現の発明なのかもしれないなぁと思います。マジカルのアーティストページ、栗山さんの項は英語だったのでちゃんと読めてないのですが、メディアアートも勉強されていたようで、理系的技術的な物の見方には優れているのかもしれません。
ただ、かつての展覧会の写真を見ると、シンプルな形の連続によるインスタレーションや光のアートなど、そこにある/ない、ひいては生死を想起させられるような作品が多く、その(ある意味)科学的な目線はそれを生み出す人間の存在そのものに対する考察によって、洗練されてきたんじゃないのかなぁと思いました。
ヒューズによる作品は最近までの連作だったのか、今回の展覧会には新作シリーズとして、茶色の画材を重ねて作ったと思しき、一見黒に見えるようなミニマルなペインティングと、その濃い茶色を背景に、カメラの露出を長くした時のような線状に映し出された、(作品タイトルにも含まれる)「地球の光」を捉えた物をキャンバスに映したような作品が2点展示されていました。どちらかというと、ヒューズもいいけれど、最近ミニマルな作品に興味を持ちつつある自分としては、新作の方がより興味深く、制作方法等を聞こうと思った物の、オープニングの出展作家さんは大人気なので、捕まえることは出来ませんでした。嗚呼。
とりあえず、観に行った展覧会で、現時点で情報の項目に名前を挙げているものについて感想を書いてみる。それ以外にも、椿山荘やこの夏のメイン行事だったART OSAKAなど、ゴツいのがいくつかあるなぁ。椿山荘などは、先に感想を書いているクラスカと同じ日に観に行っているので、感想を書く順序がもう、めちゃくちゃ!
■手塚愛子展「落ちる絵ーあやとり」@ケンジタキギャラリー
現在開催中の所沢ビエンナーレには、まるで美しくそれであって巨大なハンモックのような、布と糸の展示を出されている手塚さんの個展。ワコウワークスの二つのスペースに挟まれる形で、西新宿の先の角筈近くに居を構えるケンジタキギャラリーにて。
個展タイトルの通り、落ちる絵とあやとりが展示されていました。落ちる絵といっても、展示されている油絵が、壁から落っこちている訳ではなく、一見美しいカーペットのようにデザインされた一枚布のある部分から、その布を構成する糸がびよ~んと引っぱり(引きずり?)落とされて、下の方で別のメッシュによる支持体に縫い付けられて、別の絵を構成しているっていう。ごくありふれた光景(というには元となる布も十分美しいものだったんですが)を、好奇心の目を持って、ふと斜めから見たり弄ってあげると、とても美しい物が潜んでいるんだなぁって、手塚さん自身の生活に対するスタンスや、鑑賞者に対する提言のような物を感じてしまいました。
あやとりは、本当にあやとりしている手と糸がメッシュによる支持体に縫い付けられているのですが、メッシュから透けて、その作品を仕上げるのに必要だったんだろう、糸の余った(?)部分が見えています。美しい物を作り出すために費やされた、努力や失敗の跡も大事にしようという思いを感じました。
にしても、糸や布による作品は、今年の早い時期にミヅマアートギャラリーで青山悟さんの個展、あるいは山本現代の作家さんの個展を見ましたが、被服に使われている素材だけあってか、美しい物が多いですね。庭園美術館でのスティッチ・バイ・スティッチも早く観に行きたいものです。
■栗山斉「∴0=1 -prelude」@magical, ARTROOM
マジカルから作品を発表したことのある大庭大介さんの記事を、先の日記にもリンクを張っているシャンパンサイトの美術の項目に書いたりして、個人的にお世話になっているマジカルアートルームの最新個展は、栗山斉さん。
電球のヒューズが切れる際に発生する、彩り豊かな発色パターンを写真で捉え、それらを連続させたりして作品を構成されていますが、ヒューズの切れる瞬間がこんなに美しく面白いとは!と思わされる栗山さんの作品は、ある意味気付きによる新たな美術表現の発明なのかもしれないなぁと思います。マジカルのアーティストページ、栗山さんの項は英語だったのでちゃんと読めてないのですが、メディアアートも勉強されていたようで、理系的技術的な物の見方には優れているのかもしれません。
ただ、かつての展覧会の写真を見ると、シンプルな形の連続によるインスタレーションや光のアートなど、そこにある/ない、ひいては生死を想起させられるような作品が多く、その(ある意味)科学的な目線はそれを生み出す人間の存在そのものに対する考察によって、洗練されてきたんじゃないのかなぁと思いました。
ヒューズによる作品は最近までの連作だったのか、今回の展覧会には新作シリーズとして、茶色の画材を重ねて作ったと思しき、一見黒に見えるようなミニマルなペインティングと、その濃い茶色を背景に、カメラの露出を長くした時のような線状に映し出された、(作品タイトルにも含まれる)「地球の光」を捉えた物をキャンバスに映したような作品が2点展示されていました。どちらかというと、ヒューズもいいけれど、最近ミニマルな作品に興味を持ちつつある自分としては、新作の方がより興味深く、制作方法等を聞こうと思った物の、オープニングの出展作家さんは大人気なので、捕まえることは出来ませんでした。嗚呼。