人への依頼の仕方はさまざまである。
自分がジャイアンやジャイ子になっていないか、
もしくは、同僚や先輩、後輩でジャイアンやジャイ子はいないか。
棚卸しをしてみると、意外に該当者はいる。
少なからず、
良い人ではあるんだけどね
悪気は無さそうなんだけどね
この言葉で自分を諦めさせているコトも多いはずだ。
なぜなら、揉めたくないし、言ったところで直せるような輩ではないからだ。
つまりは、自分が我慢して、やらされているのであれば、彼ら彼女らは
良い人でも、悪気がない訳でもない。
計算してやっているズルい人たちである。
イヤな奴である。
もう、そんな人たちに遠慮は無用である!
逃れられないと嘆くこともない、真っ当な企業であれば、そろそろ判断は下される。
ずっと職級試験に受からないとか
査定が悪いとか
へんぴな部署に異動させられるとか
なぜなら、ジャイアン・ジャイ子の小さいはずの悪行は評価低という烙印に変貌し、
人事まで届いているからだ。
よっぽどカリスマ性に富んでいなければ、行く末は明るくない。
平均的な人材であれば、ジャイアンやジャイ子を側に置くくらいなら、
もっと協調性あって、真面目に成果を上げる社員を重宝するのが世の常だ。
ただ、先にも伝えたが、『真っ当な企業』が条件になるため、『まとも』に該当しない企業であれば、
それはそれで転職の理由としても成立する。
嘆くコトはない。
今や、ひとつの企業に永続的に身を置く時代ではない。
自分も企業側を選ぶ時代だ。
会社に三行半を突きつけてもよいのだ。
自分の人生に妥協してはいけない!
