威張る。


この表現が最も似合うのが、前職のパートさんのひとりだ。彼女は、私とほぼ年の差がなかったため、50歳くらいにはなっただろうか。


子どもを出産する前までは準大手の商社に勤めていたらしい。だから、パート勤務とは言え、社会人としての礼儀や作法もわきまえていたし、頭も良く、仕事にも熱かった。

ただ、私がそこの部署に就く前までは、彼女は問題児で人事に名前が知れ渡っていた。


彼女は、仕事が出来るゆえに、自分がルールとなり、他のパートさんも支配していた。

やりたい仕事はし、やりたくない仕事はしないを徹底し、自分が正しいことを主張していた。

会社の悪口を堂々と言い、何かにつけて文句を言っていた。

ある意味、パワフルである。


が、会社からしたら、そんなに会社に文句があるなら、辞めてしまえ!

そんなに仕事が出来ることを鼻にかけるなら、どこかで正社員として働きたまえ!

である。


ライフスタイルの違いだから、パートという働き方を選ぶコトに異論はない。

ただ、社員だって仕事は選べない。

社員は責任だってとるし、残業だってする。

休みたい日があるからと、自由に休めないことも多い。


なのに、彼女は、シフトに入っていても、平気で休むし、勝手に時間までも変える。

従業員である限り、会社の労務規定は守らなくてはならず、それが出来てから自己主張をすべきなのだ。


だから、私はどんなに仕事が出来ても、他人から『イイね』の評価を受けない限り、単なる自己満足の世界で生きているだけと教え、もっと賢く立ち居振る舞いをしましょうと諭した。

悪目立ちではなく、必要な存在になり目立ちことが評価だと。

私も彼女の仕事での能力は買っていたため、伸ばしてあげたく、どんどん新しい使命を渡し、達成すれば人事評価の際にMAXの評価をつけ、時給を上げた。

もちろん、たくさんのヒントを渡し、彼女が存分にチカラを発揮できるお膳立てはした。

もちろん、それは、彼女にだけではなく、全員に何かしらの得意を作ってもらい、責任感持って仕事をしてもらうため同じことをした。


時には、彼女をはじめ威張る人たちに呼び出され、会社に対しての不平不満を語られた。

そんな時は、何時間でも聞き、そんなに嫌ならいつでもこの会社から出ていけるように一緒にスキルをつけようと励ました。


結果、ほぼ全員のパートさんのスキルや意欲の底上げが出来、私も達成感に満たされていた矢先に私が転職となった。


私が去った後、威張っていたパートの面々は、再び、文句だけを言い、やりたい仕事だけをやり、協調性もなくなり、今ではまた会社の荷物になっていると聞く。


パートの彼女たちが悪いのか!?

それとも、私の後任が悪いのか!?

はたまた後任を指名した寵愛組の人が悪いのか!?

会社が悪いのか!?


私なら、自分が悪いを選ぶ。

なぜなら、評価が欲しいなら、スキルアップしたいなら、仕事を楽しくしたいなら、それは自分の努力の一択だけと思うからだ。