『ご縁』は大切と常に思ってきた。
モノ・コト・ヒト、いずれも偶然に『出逢った』場合でも、そのまま長い付き合いになったり、自分にプラスの刺激を与えていく存在になっていくことがある。
私が今の会社に転職した時に、しばらくして辞めることにした年下の先輩がいた。
私とは20歳も離れているし、一緒に仕事した期間は極めて短い。が、なぜか、辞めてからも我々は飲みにいく。
毎日、連絡を取り合う訳でも同じ趣味がある訳でもない。が、馬が合うし、気を遣わないのだ。
いや、お互い、気配りの仕方が同じだから気を遣わないが正解かもしれない。
話しのネタは、美容、仕事、投資が主だ。
若いからこそ、情報収集力が素晴らしくあり、発想も豊かである。私にとっては刺激が多い。
私が仕事の相談をすることもある。笑
しかも、彼女も私もよく食べるので、食事の時間が実に楽しい。
不思議である。
転職をしなければ、絶対に知り合わない世代だ。
しかも、私が入社した直後に自分の可能性を伸ばすために転職を決意し、すぐ辞めてしまった。
私の入社時期がズレていれば、会えなかったかもしれない。
人生、うまいことできている。
ご縁があれば、出逢える運命になっているのだろう。
こういう出逢いが私には多い。
ただ、人間関係においては、ただ『利用されている』だけの場合やただ『意地悪をされるだけ』なんていうマイナスな出会いもある。
もちろん、そんな時は然るべきタイミングで速やかに関係性を断つ。
かと言ってこの出会いを嘆いているわけではない。
なんなら、『心地悪い類い』がわかるのはラッキーだと思うのだ。
わからないと無駄な付き合いに、時間を費やすことになりかねない。しかも、心も休まらない。
そして、そういう類いの人たちは、必ずと言っていいくらい堕ちていく。
『他人の振り見て我が振り直せ』だ。
年末になると、毎年こんなことを考えながら過ごす。巷でいう、『人間関係の棚卸し』ってやつだろうか!?
