サキは悩んでいた。今後の活動について悩んでいた。


彼女は25歳の巨乳グラビアアイドル。


毎年、毎年10代の新しい女の子たちがデビューしてくるグラビア界においては最古参といっていい。


同期はバラエティに進出したコもいれば、うまく女優の道へ進んだコもいる。


しかし、それはほんのわずかで大抵は芸能界を引退しているコのほうが多かった。


その内訳も結婚したりOLになったりしたコがいれば、キャバクラや風俗店で働くコもいる。


なかには大物俳優・芸人やプロデューサーの愛人となっているものもいた。


サキはバラエティ番組にも出演していたが、これといって目立つほど面白いコメントができるわけではない。


ドラマや映画は主人公の友人役程度が多く、演技も“女優”と胸をはれるほどではない。


かと言って人前で聴かせるような歌唱力もない。


全盛期に比較して事務所の社長やマネージャー安川静男の彼女の扱いもひどくなっていた。


「おまえ、がけっぷちだよ」


この間は面と向かって社長にそう言われた。


おまけに同期で最近ブレイクした沢木リカとは仲が悪く、女王様気質の強い彼女からは現場でいじめられることもしばしばだった。


「あ~あ、この部屋、田舎臭い。やっぱり、サキだったんだあ。あんた、いると田舎の匂いすんのよねえ」


生まれも育ちも東京のリカはなにかと地方出身のサキをいじめた。


そんな状況でグラビアアイドルとしては下降線をたどるいま、彼女は今後の活動に思案していた。


「どれが一番いい選択なんだろ」


サキには3つの選択肢があった。


1つめは来年公開予定映画への出演。その映画は大作で主演もいま人気の若手俳優・山吹隆。彼女の役は彼の恋人役である。


彼の恋人役となれば脚光を浴びることは間違いない。一躍女優としての道が開けるかもしれない。


最初サキはふたつ返事で出演を承諾しようとした。しかし、脚本をわたされて躊躇した。


その役は山吹隆との大胆なベッドシーンがあり、映画全編を通して彼女は裸にならなければならない。脚本を読んでみると物語のストーリーもこれといって面白いわけでもなく、彼女の裸がメインのようなものだった。


これについてマネージャー安川に問うと、こんな答が返ってきた。


「巨乳を見せる以外でおまえにできることあるか?」


実はこの映画の企画は事務所がサキを売るために最後の手段として映画会社にかけあったものだった。


「映画に出演した後は、これを契機にヘアヌード写真集の予定だから」


一度脱いでしまえば抵抗感がなくなると思ったのか、事務所はそこまでの企画を予定していた。


サキは田舎を出てくるときに両親から芸能界入りを反対された。


「グラビア? 人前で裸や水着になるなんて恥さらしな!」


父親も母親も昔かたぎなひとで激怒したのも無理はない。両親にしてみれば世間体もあるし、なにより自分の娘のそういう姿を目にしたくはなかった。


「水着だけ。裸には絶対にならないから」


そう言ってようやく両親を説得した。


それが映画で濡れ場を披露したあげく、ヘアヌード写真集まで出すとは・・・・・・。


サキはマネージャー安川に映画の出演を断った。


すると、安川は椅子に座る足を組んでタバコの煙を吐きだした。


「いいよ。でも、この作品に出演しないならおまえとの契約打ち切りだから」


サキは絶句した。いま他の事務所に移ることが困難なのは自分がよくわかっていた。


「すぐには結論だせないだろうから、1週間やるよ。それまで考えときな」


安川はタバコを灰皿に押しつけて揉み消すとサキの横を通り過ぎていった。


「映画出なきゃ、クビ、か」


それでもサキは決断できなかった。


2つめはデビュー当時から懇ろのプロデューサーからの誘いだった。


現在視聴率競走でトップをはしる大日本テレビの敏腕プロデューサー江藤健二はお笑い番組を中心にいくつものヒット番組のプロデューサーをつとめてきた。


彼はサキがお気に入りだった。世間で名前が広まる前から自分のバラエティ番組やお笑い番組に起用していた。


何度か一緒に食事にいった際、江藤はサキを口説いた。


「サキちゃ~ん、おれの愛人にならない? 好きな番組だしてあげるよ~ん。なんならマンション買ってあげようか? サキちゃんとこのアパート、築15年だって。そんなとこにこんな可愛いコが住んでるなんてよくない。よくないよ~」


サキの耳元で酒臭い息を吐きつけながら江藤は上機嫌だった。寄ってくる彼を避けるようにサキは体をひいた。


「マンションなんていいですよ。江藤さん、大日本テレビの社員なのにそんなお金あるんですか?」


「金? おれを誰だと思ってるの? 天下のヒットメーカー、敏腕プロデューサー江藤健二だよ。いくらでもどうにでもなるよ」


「でも、いくら高給取りのテレビ局っていっても、会社員の給料じゃ」


すると、江藤の目つきが変わった。


「サキちゃん、ここだけの話だよ。おれ、独立するんだわ」


「独立? 自分の会社もつんですか?」


「そう! だから、これからはガッポ、ガッポはいってくんの。これまでも大日本テレビの社員てことで好き勝手やってきたけど、これからはもっとすごいよ。だから、どう? 社長の愛人兼専属タレント第1号っていうのは?」


サキの気持ちは一瞬ぐらついた。しかし、その場では半信半疑で返事を保留した。


それから1ヶ月後、江藤の話は現実になった。


業界では話題の敏腕プロデューサーの独立話で楽屋裏は持ちきりだった。


そんな話を聞いても、まだサキは決断できなかった。


3つめはまだ具体的な話がない。


サキはバッグから1枚の紙切れを取り出した。


そこには携帯番号と“樽井修”という名前が書いてあった。


『樽井修』 その名前はプロ野球ファンなら知らぬものはいない。


大学卒業後、いきなり新人で16勝をあげ新人王と最多勝を獲得。


昨年は3年目にして20勝をあげチームを日本一に導いた。


身長187cm体重63kgというスリムなスタイルとジャニーズばりのルックスから女性にも大人気の将来有望なプロ野球選手である。


サキは自分がアシスタントをするバラエティ番組に樽井がゲスト出演した際、彼から携帯番号の書いた紙をわたされた。


樽井はかなりモテルらしかったが、浮いた噂ひとつなかった。番組に出演した際も礼儀正しい態度が騒がれているのにもかかわらず真摯な態度だということで番組スタッフにも好感をもたれていた。


(この番号にかければ、なにかが変わるかも)


サキは漠然とした想いで、携帯番号の書いてある紙を握りしめた。




【半年後―】


サキの元マネージャー安川は銜えたタバコが落ちるのにも気づくことなく茫然としてテレビの画面に見入っていた。


プロデューサーの江藤は自分の担当するワイドショーでその話題を取り上げることになり、苦虫をつぶした表情でテレビのモニターを見ていた。


沢木リカは楽屋で見ていたテレビの画面に向かって台本を丸めて投げつけた。


テレビ画面はワイドショーを映しており、そこには婚約会見をする樽井とサキの姿があった。


サキは左手の薬指に光る指輪を誇らしげに見せながら微笑んでいた。


芸能記者の質問が始まった。


「サキさん、半年前に引退されたのは樽井さんとお付き合いが始まったからなんですね?」


サキはちょっとうつむき横にいる樽井をちらっと見た。


「そういうわけではありません。わたしが芸能界に限界を感じましたのでやめたんです」


「一部噂では妊娠されているという説もあるんですが、そこはどうでしょうか?」


「はい、3ヶ月にはいったところです」


サキが素直に答えると、会場から「オォー」という声がもれた。


サキの顔はなにを答えても笑顔だった。


それから記者たちは、なれ初めやお互いのことをどう呼ぶか、子供は何人欲しいかなど型どおりの質問をした。


「それでは最後に、サキさんに質問なんですが、芸能界に未練はありませんか? 今後復帰するようなことはありませんか?」


サキは樽井と顔を見合わせた。そしてキリッとした表情で答えた。


「未練はまったくありません!」


サキはその後を心のなかで叫んだ。


(だって、最高の選択だったもん!)


テレビを見ていた安川とリカはすぐにリモコンのスイッチを押して画面を消し、江藤はモニターの前から姿を消した。



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