『パンク』 パク・ヨンウ
今も変わらず演じることが幸せな理由
「人気があっても不幸、人気がなくても幸せ、どちらもあり得るでしょ」
真っ黒な垢が溜まった爪、手入れなどしたことがないと思わせるボサボサ髪、終始一貫しかめっ面。映画『パンク』の中のジェグを見て、俳優パク・ヨンウ自身のイメージを思い浮かべるのは難しい。紳士的で礼儀正しい彼の本当の姿は、俗物的で、欲望と一抹の良心の間を徘徊するジェグの表情とはあまりにもかけ離れている。
しかし、人物の苦悩を自分のことのように解きほぐす彼の目には、一瞬キャラクターのエネルギーがよぎる。B級コメディーの主人公も、スリラーの中で見せる背筋が寒くなる表情も、そこはかとないロマンスのまなざしも、躊躇いなく完成させるベテラン俳優の演技力に、何度も感嘆させられるばかりだ。
釜山国際映画祭が開かれているここ、釜山海雲台のグランドホテルで、今年の映画祭に<韓国映画の今日-パノラマ>部門に公式招待された映画『パンク』(監督ハ・ユンジェ)のパク・ヨンウにインタビューした。低予算にもかかわらず完成度の高い作品として生み出された『パンク』のビハインドストーリーはもちろん、「相変わらず演技が面白くてたまらない」俳優パク・ヨンウの近況を聞くことができた。
『パンク』は田舎町の国道沿いにあるカーセンターを運営する夫婦、ジェグ(パク・ヨンウ)とスンヨン(チョ・ウンジ)の物語。閑古鳥の鳴く店にある日、トラックが落としていった金属片のせいでタイヤがパンクしたと言って客が押し寄せる。貧しく追い詰められた生活に飽き飽きとしていたジェグは、金属片を準備して道路に撒き、通りかかった車のタイヤを故意にパンクさせる計画を立てる。
パンクした車が次々とカーセンターにやって来て、夫婦の生活も大きく改善される。裕福な実家から、金のない男に嫁いだという理由で小言ばかり聞かされていたスンヨンは、ジェグが始めたこの秘密めいた作戦に、しだいに積極的に加担するようになっていく。ところが、経済的に余裕を感じるようになった夫婦の心の内は、徐々に違う方向へと分かれていくのだ。これは欲望と良心の間の葛藤でもある。
ジェグを演じるパク・ヨンウは、今年の釜山国際映画祭で初めて上映された『パンク』を観客と一緒に鑑賞し、観客との対話(GV)イベントにも参加した。彼は、完成した映画を始めて観た感想を述べ、正直に緊張を語った。
「作った側の人間ですから、観客の目で見ることはできません。皆さんがどのようにご覧になったか、気にしないわけにいかないのですが、どんな映画でも後悔することはたくさんあります。「もうちょっと出来ただろう」と思う部分があちこち目につきました。幸いなのは、すぐに公開が決まっている作品ではないので、モニタリングが可能だということです。映画祭で先に上映するということは、観客の反応を見ることができて、ご挨拶できる良い機会でもあります。一般の映画館で公開されるときには、おそらく今の二倍は面白い映画になっていることでしょう」
久方ぶりにコメディの色彩が付いた映画に帰って来た彼の姿が、今更ながら嬉しく感じられる。腹の底から笑える映画ではないが、パク・ヨンウのコミカルなタッチはジェグという人物の厭世的な表情を捕まえてキャラクターを生き生きと見せる。「コメディの息をぴったり合わせてやるという意気込みで表現した。身近に接していると深刻な問題でも、離れたところから見ると笑える話ってたくさんありますよね。『パンク』の人物もまたそういうのだと考えました」と彼は答えた。
『パンク』の完成度は予算に比例しない。豊富な制作費がつぎ込まれた作品ではないが、実力派のスタッフが集結し可能となった。もちろん、パク・ヨンウとチョ・ウンジというすでに多くのファンをもつ俳優が出演した事実も、映画の完成度に寄与している。パク・ヨンウは「芸術映画に先入観を持っている方も多いと思いますが、観てみると「意外と面白い」と感じられるでしょう」と笑いながら話した。
劇中のジェグは、田舎町のカーセンターで徹底的に疎外された人物だ。妻のスンヨンにとっては故郷だが、ジェグにとっては町の人が自分を<外地人>扱いするつれない空間である。疎外と排斥の経験は映画の中のジェグの情緒を構成する重要なポイント。こんな人物の心理をいかにして理解することができたのか、聞いてみた。
「集団ごと、地域ごと、あるいは職場ごとに似たような経験をすることがあると思いますよ。学生時代においても勉強ができたり運動ができたりする生徒がクラスをリードして、そのリーダーについていく取り巻きができますよね。そこから排斥されると顔色を窺うしかなくなって。どこかのグループに属さなければ安定感と保護は得られないと感じた学生時代の経験を思い出しもしました」
インタビューの間中、パク・ヨンウは『パンク』に対するこまごまとした誠実な愛情を表した。撮影中の話を始めるのに先立って彼は記者に「映画はいかがでしたか」「あのシーンはどんなふうに感じられましたか」「あのシーンのセリフはちゃんと聞き取れましたか」「ラストシーンについてどう思いますか」など、次から次へと質問を投げて来た。映画を観た最初に客に、これだけたくさんの質問をしてくる彼を見て、映画そして演技というものが俳優パク・ヨンウにとってどれほど重要なことなのかを感じた。すべての映画にこれだけの愛情を注ぐのかと聞くと「他の俳優だってみんなそうでしょう」と返って来た。
「きっとみんな同じですよ。私は、演技をすればするほど面白い。私の幸せですよね。シーンごとに悩み、どんなバージョンの演技をするのがよいか考え、封切り、広報、すべての作業が終わるまで、それについて考えます。だけど正直、(映画の宣伝のために)芸能番組に出演するのは自信がありません。才能がないので(笑)。でも、演技はね、本当に一生懸命やりますよ。こうして撮影が終わった後も映画の話ができるのは本当に幸せです」
パク・ヨンウに会ったのは、映画『アトリエの春(2014)』公開時のインタビューから約4年ぶりだ。当時に比べ一段と陽気な性格になったようだ。上品で落ち着いた雰囲気の人物として記憶している前回のイメージと今を比較して伝えると「生きて来た中で最近ほど楽しく感じたことはない」と答えて目をしばたたいた。
「やっと、自分がどんなふうに生きて行けばよいかわかってきたような気がします。(『アトリエの春』公開当時の)あの頃は、どんなふうに生きていくのがよいか悩んでいた時期だったとすれば、今は「こう生きていこう」というプランを立てられる段階になりました。演技も人間関係も、諸々プライベートな生活においても。何かこう、中心を捉えた感覚、というか。他人の話は聞くが、顔色を窺ったりしない、自分が何を望んでいるのか正直に感じながら生きていると思います」
自分の変化について語りながらパク・ヨンウは『パンク』のジェグについてもう一度言及した。「この映画はやはり、こういう作品だと思うのです。人はよく、目に見えるものだけで誰の人生が成功していて、誰の人生が失敗か結論づけるでしょう。でも私は、人気があったときに自分は不幸だと思っていたことがあるし、人気が落ちても幸せな時もありました。それを考えると、自分が望むことを成そうとしている過程で不安を感じたり悪態をつかなくてもいいんだと思えるようになったんです。私は今でも自分は若輩だと考えていますが、今の私のモットーは<常識的にだけ生きよう>です。礼儀正しく行動し、腹を立てるより忍耐し、自ら常に整理しておくのがよく、仕事は辛くても感謝し、というような。頭ではわかっていても、本当にそんなふうに生きるのは簡単ではありません。私は少しずつ感謝についてわかってきたように感じています。例えばドラムを叩いて過ごすことができるということ、やりたいことをずっと続けていられることに対して感謝しつつ暮らしています」