この記事を書いたのには理由があります。
何年も前、私自身がはじめてとあるスピリチュアルなセミナーに行ったとき。
ずっと誰にも話せなかった見えない世界のことを誰かに話せるのが嬉しくて、
私は先生に自分の研究を嬉々として話してみたんです。
子供の時からひっそりと書き溜めてきた宝物を見せるような気持ちで。
すると、帰ってきたのはこんな言葉でした。
「それは間違ってます。みなさんちょっといいですか、これが主観に偏った
頭でっかちなスピリチュアルです。これは危ない傾向です。
いい例になるので皆さん聞いてください。」
私は、目の前が真っ暗になったきもちでした。
ブログでずっと追いかけてきていたその先生はとても優しく、
柔らかくて素敵な人でした。
けれどひとたび私がスピリチュアルな話をし出すと、
上から目線で抑えつけてきました。
子供の頃に好きに描いた大切な絵。
それを、上からこれが正解だからあなたのやり方は間違ってる、って描き直され
ぐしゃぐしゃに踏み躙られた気持ちになりました。
話したのは、
エネルギー体や一部のインターネット上で交流のある人たちと
一生懸命誠実に試行錯誤しながら作り上げてきた宇宙の歴史、
それから人間の仕組みについて。そのたもろもろ。
私の話し方がわるかったのかな……![]()
それから私の中での先生の印象は打って変わってしまって、
まるでスパルタ塾の講師みたいなイメージになってしまいました。
先生の言うことだけを聞く人たちがえらい。
先生が話すことを理解して、暗記して覚えている人だけがすごい。
私は先生も大好きだったけれど、なにより見えない世界が好きでした。
しばらく、自分の研究を人に見せたくなくなりました。
自分の研究は間違っているのか、なにか間違っていたのか。
確かに、私が一緒に研究をしてきたエネルギー体であるトートは、
数学的なさまざまなことがらを納得できる形で教えてくれました。
一緒に宇宙の歴史、人間の始まりについてもいろんな情報を教えてくれながら、
「誰も悪くなかった事実」について教えてくれたんです。
その時にはハトホルも一緒に取り組んでくれていました。
人間がどのように作られたか、どのような仕組みになっているのかを知るのは、
柔らかくて素敵な事実だけではありませんでした。
そんな中、感情を大切にするとはどう言うことか、
現実をしっかりと受け止めたうえで、どうやって前に進んでいくべきか
そういったことを教えてもらい、時に優しくケアしてもらいました。
それは、誰がなんと言おうと嘘じゃなかったし、間違いななんかじゃなかったです。
ある時、別のところで私の研究していたブログを人にシェアした時、
とても喜ばれたことがあったんです。
それが転機でした。
ああ、そういうことだったのね!今まで解けなかった蟠りが解けた!
そう言ってくれたその人は、海外をも飛び回る
とてもパワフルで著名なスピリチュアルティーチャーでした。
彼女もまた敏感体質でエネルギーオタクで、としは二回り位離れていますが、
ハキハキした話し方と親しみやすさに、なんだか涙が出てしまいました。
エネルギー体やインターネット上での仲間達と一緒に研究してきたことがらは、
彼女が教えている
長年世には見えないところで受け継がれてきた古代の叡智とよく似ていました。
ようやく初めて、自分のやってきたことに自信が持てるようになりました。
きっかけはその人でした。
それが実を言うと、今年入って数ヶ月前の話になります![]()
私は誰かを悪者にしたり肩を持ちたくてこの記事を書いているわけじゃないので、
ここに出てくる先生方の名前についてはお話しできません。
でも、そのとき私はスピリチュアルの世界にある違和感に気がついたんです。
違和感。
それはまるで、文系と理系の派閥争いのようなものでした。
感覚派の方々は、頭で考えることを嫌います。思考に不信感があるんです。
理論派の方々は、感情に左右されることを嫌います。判断が鈍るからです。
私が初めに教わった先生は、それはそれは感覚派でした。
ライトランゲージを使い楽器を奏で、絵文字は多く言葉はあまり好みませんでした。
ふわふわと優しい雰囲気を纏っていていました。
好きな時に食べたいものを食べ、眠たい時に寝ればよく、従うべきルールはこの世には存在しないと言います。
一方で理屈っぽい私と気が合った先生は、神話や宗教、形而上学にも精通する
もっぱらの理論派。
受け答えがはっきりとしていて、ビジネスもバリバリ自分でこなされる方です。
体も鍛えていて、スリムで健康や食事、栄養学にも詳しいです。人々には必ず、その人にしかできない使命があると言います。
私自身、宇宙の歴史は図書館に通いながら物理学や神話の内容から精査して行って
こまかくまとめてゆきました。ばちっとパズルが合うような、数学的なスピリチュアルでした。
それがわかった時、感覚派の彼女が理屈っぽい私をみて
頭でっかちだと称したその理由がわかりました。
教わったことがらも間違ってなかったこともわかりました。
私がエネルギー体と一緒に数年をかけて研究してきた宇宙の歴史も、
それを一人でよく頑張ったねと褒めてくれたその先生が教えていることも。
全部が正解だったんです。
実際、私はトートとの研究の末に、呼吸をしているだけで、海の水に触れるだけで、
嬉しくて涙が止まらない感動に包まれた経験をしたことがあります。
それは数日間に渡った、全ての人間や植物が私そのものであり、
宇宙には初めから私ひとりだけしかいなかったと言う意識状態でした。
もちろん今もそういう状態というわけではなく![]()
人と衝突することもあるし、なんでわかってもらえないの〜
と頭を抱えることもあります。(こうした意識状態は私の経験上、日々変動するようです。)
そんな経験をしたとて、私が人間だっていう事実もまた変わりませんでした。
それを、心から信じてみようと思いました。
そんなときハトホルからこんなメッセージを受け取りました。
悪者を作らないで、みながみな正しいことを言っている
その瞬間、過去の先生は正反対の表現を使って、私が目指していたことと同じことを
言っていたらしいことをひらめきとして受け取りました。
この感覚は一体何?
それからというもの私は、感覚派の方々について研究したり、
自分も彼女たちが言っていることを実際に共感覚を使って体験してみました。
すると、確かに彼女たちがいうように、頭を使うことは愚か
でした。
頭がこんがらがってしまって、思うように感じ取れなくなるのです。
けれど私の感覚に戻ってきて、エネルギー体と研究していたときの体感覚で
彼らと一緒に組み立てた自分の理論を見てみると、やはり、
理にかなっていてきちんと現実が変わるのです![]()
この体感覚の時、私の思考はひらめきとよく連動していました。
情報を発信する人の体質や得意の違い
すべては、私の視野が狭かったことで起きていた齟齬でした。
情報が間違っていたのではなく、誰かが間違っていたのでもなく、
発信している人の当たり前と受け取る人の当たり前が違うこと。
それがスピリチュアルの知識の混濁を招いているということがわかりました。
そしてなぜこの二つがいがみ合っているのかについても、
数年にわたって研究してきた人間と宇宙の歴史から
その理由が読み解けることがわかりました。
今までの常識が全てひっくり返る衝撃でした。
本当の本当に、誰も間違ったことを言っていなかったんです。
誰も悪者なんかいなかったんです。
ただそこに、互いに対する誤解と偏見が横たわっていただけでした。
今回の記事は、感覚派理論派と、ザックリ特徴が掴みやすいようまとめました。
細かいところよりも、この人はベース(基盤が)どっちなんだろう?
と思ってみてみると、いろんな発見があるかもしれません![]()
私は、こうした経験から同じようにスピリチュアルな知識を深めたいと思って
様々な人から学んだことで逆に迷路にはまり込んでしまった……
そんな方々がそこから抜け出すためのお手伝いができるんじゃないかと思いました。
日々、感覚とひらめきの思考をつかって、この二つを優しく繋ぎ合わせる
そんな着地点をエネルギー体と一緒に考えながらも、自分のちからで探しています。
私はティーチャーという柄じゃなく、誰かの上に立つという感じは苦手です…![]()
ですので、みなさんのお友達のように思って読んでもらえたら嬉しいです![]()
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優しく、誠実に、等身大で書き綴ってゆく所存です。
よろしければまたいつでも遊びに来てくださいね![]()
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