最近、こぞって、各局が、開局(放送開始)50~55周年記念を向える今年。さまざまな局が、特別番組を放映している。
今日は、フジが50周年を記念して、1959年からの報道のランキングをしていた。後半から見始めたので、前半は分からないけど、さまざまな事がありましたね。特に、60年代の高度成長と安保等、70年代の過激派、80年代のバブル時代とその年代の世相に合わせたさまざまな事件があったことが改めて、感じられました。
敗戦から19年後に行われた「東京オリンピック」・・その華々しい開会式の聖火リレーの最終ランナーとして、点火という大役を果たしたのが、*坂井義則さん。坂井さんは、1945年8月6日広島に原爆が落とされた1時間半後に広島県三次市で生まれた。東京オリンピックの400/1600リレーで強化選手として指名されたが代表選考会で敗退、失意の底にあった坂井さんに、「広島への原爆投下の日」という象徴的な日に生まれたという理由で、白羽の矢が立ったそうです。
その坂井さんが当時を振り返って「(聖火へ点火する檀上に昇った時;日本だけではなく、世界中の人が注目するオリンピックの中、坂井さんのみが見ることが出来たシーン。つまり、1/何億人の世界)競技場を見渡すと、民族衣装を着た人達等で、色が綺麗、鮮やかだったことが印象に残っている」
「そして、やろうと思えば出来るんだという自信が漲っていた。将来に向っての自信」・・と語っていました。
そうですね、その頃、1960年代は、敗戦から20年前後。高度成長という名の下、東京オリンピック、新幹線、白物家電、自動車と経済成長へと突進していく時代でしたからね。坂井さんの言う通り、敗戦で自信喪失になった日本が、『自信』を取り戻した時代、正に、「やれば出来るんだ!」ということを確信した時代でもあったと思うのです。
そうしている間に日本は、70年代に入り、日本だけではなく世界が暗澹とした時代。**浅間山荘事件、***三菱重工爆破事件、****よど号ハイジャック事件・・と時代を象徴するような大きな事件がありました。
私がちょうど中学生の頃、特に、三菱重工爆破は「無差別テロ」というそれまで聞いたことがなかった事件だったので、怒りを覚えたのを鮮明に覚えています。<当時の私の日記には、1974年8月30日(金)・・・(近所の人)小林さんの家にいたのです。そうしたら、丸の内の爆破と聞かされて、あぜん。8人死亡、330人けが・・見るもむざんなすがたに、あんぐり。涙ポロポロ、なんてひどい。あまりにひどい。犯人は絶対つかまるべきである!・・と書いていました>
テレビ番組では、よど号ハイジャック事件・・の機体「よど(淀)号」が現在何処にあるのかを探して行くのだが、事件の後、よど号はU2のボーカル・ボノのプライベートジェット機となり、現在は内戦状態にあるアフリカに、多少朽ちてはいるが凛として、現存していたのだ。
JALが機体に河川の名前をつけていたらしく、この「よど号」も淀川から付けられたのではないかと思う。
よど号は、犯人は北朝鮮へ亡命したけど、人質は解放され「よど号」に乗って帰国の途についた。
それを生中継で放送していたアナウンサーが「今、よど号が到着しました。まるで、命のあるかのように・・」と、よど号を賛じていました。アナウンサーが言う通り、当時のフィルムを見ていた私でさえ、凛とした「よど号」が(新幹線に似ている)誇り高きものに感じました。
そして、多少朽ちてアフリカに現存する「よど号」・・それを目の当たりにしたディレクターは「年老いた、兵士。老兵のように矍鑠としている」・・・その言葉通りの「よど号」があった。
作家のもりちゃんが書いた「海を抱いたビー玉」につながる、凛とした機体でした。
それから、80年代の*****新宿西口バス放火事件、2000年の******西鉄バスジャック事件のその後を報道していた。
新宿西口バス放火事件の新聞の一面を飾ったのが当時報道カメラマンとして活躍していた人で、たまたま通りかかった時にフィルムが7枚だけ残っていたので、写真を撮った。その時は、特ダネをとったことで満足していた自分がいた。しかし、そこには、事件に巻き込まれ全身80%の妹がいたことさえ気付かずに写真だけを撮って帰宅。その後、妹が運ばれた病院へかけつけ・・・「特ダネと地獄」という言葉が脳裏をよぎり、自責の念にかられる。まさか、新聞各紙の一面を飾るスクープを撮った、その裏に自分の妹が犠牲になっていたのは・・・それから、入院していた妹を1年間撮り続け、その後は一切報道から身を引き、今は自然の風景や人物写真の写真家になっていた。
それと、西鉄バスジャック事件で、一緒にバスに乗った知人を殺害され、自らも顔を切られ重傷を負った女性は、現在、自宅で青少年の更正する場を作っている(・・確かそんな内容だったと思うのですが・・)。事件後そのような活動していて、事件を忘れたいと思わないのですか?との質問に、彼女は「忘れない。自分もそれによって生きているから・・」「この事件の被害者として、何が出来るのか?と考えた時、自分と向き合いながら生きていく・・」と答えていた。
事件を起こす加害者、被害者となった者。事件という因果関係。無関係だけど、関係性が何処かである。
2つのバスジャックをみると、たまたま通りかかった事件の写真を撮ったら、その被害者の中に自分の妹がいた。顔の傷だけではなく心の傷も負った女性が「自分もそれによっていきている」・・・。
報道って、現実じゃないですか。聖火ランナーが何億人の内の一人に選ばれる、写真を撮ってスクープになったがその中に被害者としての自分の妹がいる・・って映画の世界の話ではないのです。現実、事実なのです。
一人一人、そしてよど号等の物でさえが、生き証人なのです。
今年は、私達何億人の人たちが、オバマ大統領という黒人初のアメリカ大統領の誕生を目の当たりにしました。こうして、事実は報道され、歴史が作られていくのです。
「報道という事実の裏側にあるもの」・・そこには、“人間がどうやって生きていくのか・・・報道の裏側で、直接報道されていないけど、その大きなヒントが隠されている”んだと思ったのです。
60年代安保の時代、学生たちの多くは「世界を変えられる」との思いを抱いていたのです。
2009年の報道、そして人間はどうやって“自分と向き合って生きていけばいいのでしょうか?”
私は、中学生の時にショックを受けた三菱重工爆破の無差別テロ、そしてそれ以上にショックを受けた2001年9月11日の*******アメリカ同時多発テロ、未だ続く戦争や内戦・・・これに対する怒りを何処へもっていけばいいのでしょうか?
ただ、私は、世界が平和になって欲しいと願うだけしか、出来ない無力な人間かもしれません。
「平和主義」は、理想論なのでしょうか?
今日のURL(Wikipediaより):
*坂井義則氏について:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E4%BA%95%E7%BE%A9%E5%89%87
**浅間山荘事件:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E9%96%93%E5%B1%B1%E8%8D%98%E4%BA%8B%E4%BB%B6
****よど号ハイジャック事件:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%88%E3%81%A9%E5%8F%B7%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6
*****新宿西口バス放火事件:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF%E8%A5%BF%E5%8F%A3%E3%83%90%E3%82%B9%E6%94%BE%E7%81%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6
******西鉄バスジャック事件:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%89%84%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6
*******アメリカ同時多発テロ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD