さっきまで昔の写真を整理していたKojiです

カナダ滞在時の写真を見ると、胸が締め付けられるほどの懐かしさに打たれました

胸が苦しかったのは食事のせいではなかったようです(笑)
今思えば、いろいろあったなぁ・・
元カノの写真とか出てくると、なんともくすぐったい気分になったり

一緒に過ごした仲間の写真に熱くなってみたり

当時は何の気なしに過ごしてた日々や、辛くてやりきれなかった時も、最高の瞬間たちも
今思えば同じように素晴らしくて、
だからこそいくつかの日を無駄に過ごしてしまったなぁ、と思ったり

でも、それも素晴らしいことだったんだ、と思ったり

唐突ですが、僕はカナダに行くまでは日本の事が嫌いで仕方ありませんでした

理由は様々です。
最も大きい理由は、自分が満足に溶け込めなかったから・・
恐らくそうだから理不尽に毛嫌いしていたのでしょう

一人が歩きだせば、周りの人間がつられるようにそれに付いていく



自分の人生を生きることをせず、社会に溶け込んでいく人達・・
「常識」というものを押しつけてくる人達・・
自分の人生は一体何なのか、
そんなことばかり考えていました

僕が安定した仕事を辞め、新しい事に「逃げ出した」のも、
そのまま定年になるまで社会の中で一つの「駒」として生き続けるのが嫌だったから

自動車の組み立ての仕事をしながら、
「60歳になるまであと何台完成品の見ることのない車を作り続けるのか」
「死ぬ時になったらきっと、〈俺の人生ってなんだったんだろう〉って思いながら死んで行くんだろうなぁ・・」
なんて考えながら

「世界が狭かったんだなぁ」
でも、今となればその「勇気ある逃亡」から得られたものは何よりも大きく、
大好きなこの国で、沢山の人達に愛されて、助けられて、支えられて生きてきたんだなぁ、と感謝ばかりです

もちろん、未だに好きになれない部分もあります

憂うべきこと、悲しいこと、理不尽なこと・・
多分、どこに住んでいてもそうだったのでしょう、まだまだそんなことも多いのです

中でも、
「人間関係の希薄さ」
もちろん、誰もがそうでないのは言うまでもありませんが、
僕にはこれが一番悲しい事態だと思えます

「おはよう」
「こんにちは」
「こんばんは」
「ありがとう」
「ごめんなさい」
当たり前のことが言えない人の多いこと・・
怖くてダメなこともダメと言えない、
言葉一つで、笑顔一つで円満に解決することができない

折角の素晴らしい国なのに・・
僕が教室を始めるにあたって、「これだけはやりたい」ことの一つが挨拶です

この当たり前すぎることを、当たり前にできること。
そこが僕の理想の教室の根本の一部になります

僕は自分のやろうとしていることを「サービス業」だとは思っていません。
「教育サービス業」だと思っています

教育・・というと、少し仰々しい気もしますが、要は「あるべきコミュニケーションをとるよう教えること」なんです

「笑顔であいさつできる」ということは本当に素晴らしいことだと思います

ところで・・
この写真はモントリオールでとった物ですが、名前が分かりません(笑)
自分で調べればいいところなんですが、誰か名前を知っている人はいませんか??
草原の中で、穴の中から出てきたところを激写しました


