若い時分の或る日、或る時に
いただいた玉露の味が忘れられなくて、
今、お茶は玉露を飲んでいる。🍵
多人数で住んでいた頃は
もちろん
そんな贅沢は考えなかったが、
今は独りなので
お茶っ葉は
ちょい贅沢をしている。✨✨
心が平安でなければ、
美味しいお茶は入れられない。
誠に残念ながら
あの日のあの味は
まだ再現できていないのだ。
お茶っ葉のレベルの差かもしれないが、
やはり私のレベルであろうと思われる。
わたくしは未だに
何故か
ガチャガチャしている。
この1月に友達が来訪したとき、
今のわたくしに出来得る限りの
美味しい玉露を入れて差し上げようとしていたら、
「あつーいお茶!」
を所望されてしまった。
そだよな。
外は寒いんだから。
が、しかし、
ご存知のように
玉露はぬるいのである。
そしてウチには煎茶がない。
迷った私は 結局、
玉露に熱いお湯を注いだのである…
ごめん。
熱い玉露はきっと不味かったに違いない。
「お茶っ葉くらい、
もう少し良いの買いなよ」
とでも言いたげな
彼女の顔を思い出す。
・
わたくしは何も言わない内に
こういうヘマをする。
しかし、だ…。
1年に1度あるか無いかわからない頻度の、
『熱いお茶』を所望する客人のために
煎茶を買い置くか?
は 考えどころである。
お茶は鮮度が命だからね。
ん……
今でもどうしようか考えている…。
撮り溜めPhoto
前の住まいのバルコニーから 南東