久しぶりの5人揃ってのヴァカンスに、迷うことなく選んだのは、思い出深い常夏のこの島。

 

いつの日か5人水入らずで過ごせる場所をという夢は、思ったよりも早く現実となっていた。

 

広々と、庭に臨むテラスまでフラットに一体となったリビングダイニング。

その高く吹き抜けた天井に設られたら木製のファンが、ゆったりと空気を混ぜて、リクライニングさせた揺り椅子で眠る優の髪をそっと撫でている。

 

胸の上で小さく上下する丸い手は、先ほどまではしゃいだ波打ち際の思い出を大切そうに握っていた。

 

 

 

その寝顔を飽きることなく眺め続ける雅紀は、

 

「かわいいねぇ。」

 

「かわいい。」

 

5秒と空けずにそう繰り返して、

 

「ねぇ、ちょっと俺にも似てない?」

 

なんて突飛なことを言っては、

 

「ぐふふ。」

 

と笑う。

 

「それは問題だな。ふははっ!」

 

バーベキューコンロの火の世話をしながら、空に向かって笑い飛ばせば、

 

「そんなおっきい声出して、起こさないでよ?」

 

奥のアイランドキッチンから飛んできたかずの声が、雅紀と俺を順に弾いた。

 

 

ビーチから帰って以来、かずは魚をさばく智くんに付きっきりだ。

 

 

「わかってるよー。」

 

雅紀はざらざら声で楽しそうにかずの小言をはねかえして、

 

「じゃ、静かに……ちゅうしちゃお。」

 

いたずらっ気もたっぷに大げさに口を尖らせると、優の丸餅みたいなほっぺたを吸う。

 

すれば優はむずがって、はちみつみたいにとろりとした瞳を重そうに開けるのだった。

 

「わ‥ぁ…起きた?ゆうちゃん。」

 

まるで朝露をふくんだ可憐な花でも見つけたように、密やかだけど小さくホップする雅紀の声。

 

その一方で、優のくちびるはふにゃりと歪む。

 

俺は手にしていたトングを素早く置くと、優の傍らへ、テラスのつるりとした石の床を、ひらりと駆けた。

 

それほど寝覚めが良い方ではない優の、涙の溜った目尻や、緩んで幾分広がったほほは、かずの寝起きとそっくりで、

 

「目ぇ覚めたか?今うまいメシできんぞ?」

 

そんな我が子を抱き上げれば、いつだって愛しさがこみ上げて、

 

「しょーちゃんの目尻って、そんなに下がるんだっけ?」

 

なんて、雅紀にもからかわれる始末だ。

 

俺の手よりはひとまわり大きくなった背中をゆっくりと擦ってやれば、

 

「しょーしゃん。」

 

きみと同じ色のくちびるが俺を呼んだ

 

 

 

ぷっくりとした腕が首に巻きつけば、胸に吸い付くように馴染む温もり。

 

俺は優を抱いたまま、テラスをプールサイドへとゆっくり進む。

 

ライトアップされたアクアマリンの水面の向こうに広がる青々とした芝。そしてその更に奥には、星空を映す海が広がっていた。

 

折しも東の空には昇り始めたフルムーン。

 

俺の記憶はゆっくりと巻き戻る。

 

優が生まれる前の晩、腕の中にかずを包むように抱いて見上げたのもやはり満月だった。

 

 

『どうか無事に。』

 

 

俺はその晩、いつまでも月に祈り続けた。

 

 

 

 

 

「そろそろ始めるよー!」

 

楽しげな声に振り返れば、もうバーベキューコンロの回りは賑々しくとりどりのご馳走で埋まり、4人顔を揃えてこちらをにこにこと見ている。

 

「お!てぇへんだ!」

 

俺はささやかな感傷を振り落とすように、優におどけてみせる。

すると優は、聞き慣れない言葉が面白いらしく、けらけらと笑った。

 

「しょーしゃん、お肉焼く係だった!」

 

「おにく!」

 

途端に俺の腕からするりと抜けて、優はみんなの元へと走り出す。

 

「かったん!しょーしゃんが…あ…てえへん!」

 

一大スクープをいの一番に最愛のひとに届けようと、遠慮なく腰に飛びつく優を受け止めれば、かずは眉を縦になってしまうくらい下げた。

 

「てえへん?」「てえへん!」「てえへんだあ!」

 

智くんが、雅紀が、潤が、次々に優の口真似をして笑う。

 

 

 

これをしあわせと言わずして…

 

 

 

込み上げる笑みに、俺は皆の元へと足を速めるのだった。