Side  O

 

 

 

 

 

「智!」

遠くから呼ぶ声に振向けば、潤はその手にちっこい優を連れていた。

マシュマロみたいにふにゃふにゃな手も足もほっぺたもかずによく似てるのに、結ばれた口元に、顔の半分あるんじゃねえかってくらいでっかい瞳も翔くんにそっくりで、

「さとくーっ!」

よく鳴く小鳥みたいな声で呼ばれた日にゃ、

「おーっ!」

おいらこそふにゃふにゃになっちまう。

「和が、もう上がろうって。」

潤が言えば、

「さと、おさかなつれた?」

優がちっちゃな手で、おいらのバミューダパンツを握ると、足元のバケツを首を伸ばして覗く。
その手がこそばゆくて、思わず声を上げて笑えば、潤もつられて笑う。

「釣れたさ。」

おいらは竿を傍らに置くと、優の隣に屈む。


「これが、かわはぎで、
こっちは、うまづら。」

「うま?」

「馬みたいな顔してんだろ?」

優はしばらくバケツの中をツンツンと泳ぐそれを見ていたけれど、やがてぱっと顔を上げ、

「してない。」

大真面目な様子で言った。

「えぇ?してないか?」

びっくりして見せれば、すぐにけらけらと笑う。
笑い上戸も翔くんに似たなと思えば、また可愛さが心に満ちた。

「さ、行こう?」

潤に促され、

「じゃあ、おさかなにバイバイして?」

おいらは磯に向けてバケツを傾ける。

「ばいばーい。」

揺れる小さな手の先で、潮が寄せれば魚達はもう見えなくなった。


潤の手に半ばぶら下がって、優はぴょこんぴょこんと大き目な石を飛んで渡る。

ビーチの真ん中で、荷物を纏めている3人の中で、かずだけが何度もこちらを振り返っていた。

短い岩場を抜けて、ふかっと砂地に足が着くと、また優は走り出す。

「かったん!」

小さい優は、かずをそう呼ぶ。

すると今度はかずだけじゃなく翔くんも振り向いて、ふたりは風と戯れるように飛び跳ね走る我が子を愛しそうに見つめた。







「かずと俺、結婚することにしたよ。」


翔くんが、はにかむかずを守るように胸を張っておいらたちにそう告げてから、数年の歳月が流れていた。