この先すずの妄想です。

翔ちゃんとかずくんはラブラブ。大丈夫な方はどうぞお進みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でる…でない…でる…でない…

 

手のひらに乗せたケータイを睨んだまま、僕の心は2つの言葉の間を振子のように行ったり来たりする。

 

でる…でない…

 

これってまるで花びらを一枚づつちぎる花占いだ。

可憐な少女がやってこそ絵になるそれを、なんでぼくが…

そう思いながらも止まらない。

 

 

「はぁ…」

 

 

ひとつため息をついては、ケータイを眺め…

さっきからずっとその繰り返しだ。

母屋の2階にあるぼくの部屋。すり減ったカーペットの上に座り込んで、もうそろそろお尻も痛い。

ディスプレイに浮かぶ名はよくよく知った人なのに、何故こんなにも気が重いのか。

それは、僕が自分にヘンテコな約束をしたからだ。

もし翔くんがこの電話に出たならば、ぼくの恋は動き出す。

でも、もし出なかったなら…

ぼくは翔くんへの想いにさよならする。

 

 

 

「はぁぁ…」

 

 

これまででいちばん情けないため息をつきながら、それでもぼくは自分を奮い立たせ、とうとう通話ボタンをぎゅっと押した。

 

 

 

 

 

 

青いチェックのカーテンが揺れる、未だ子供っぽいオレの部屋。妹と分け合った木枠の硬いベッドにゴロリと寝転ぶケツの下で、ケータイが震えた。

今夜クラブで開かれる友達のパーティー。その予定に何か変更でもあったのだろうか。

オレは緩慢に首をもたげて、電話を拾い上げるが早いか、目に飛び込んできたディスプレイの文字に飛び上がった。

 

ギシッ…

 

ベッドが軋む。

 

 

ヤバイ、ニノミヤじゃん…

 

 

オレは固唾を飲んで、震える液晶を見つめる。

 

ヤバイ…

 

ドクドクドクドク…

オレの身体に一気に血が駆け巡り、爪の先までもが脈打ち始める。

そうしている間にも、手の中でケータイは唸り続けた。

 

 

でろよ…はやく…切れちゃうぞ…はやく!

 

 

どうしてしょっちゅう一緒にいるニノミヤの電話にこんなにも焦るのか。

その理由をオレは痛いほど知っている。

それは…

俺がアイツを好きだから…

 

あまりのうろたえぷりに、あらためて突きつけられるその事実。

 

 

「あぁーーーっ!」

 

 

心の準備もできないままに、半ばヤケクソ気味にオレは通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

「もしもし」

 

 

発した声は自分でも驚くほど無愛想で、

 

 

「あ…」

 

 

電話の向こうでニノミヤが怯んでいるのがわかる。

オレはあわてて声に色を載せて呼びかける。

 

 

「ニノミヤ?」

 

 

するとどうだろう。

ニノミヤは意外にも淡々と喋りだした。

 

 

「あのさ、今日これから暇?」

 

「は?」

 

 

唐突な問いかけに思わず聞き返した声はまたも愛想なく、すると、

 

 

「なら、いいや」

 

 

あまりにあっさりと話を終わらせようとするから、

 

 

「おい、待て待て、なんも言ってねえじゃん」

 

 

オレは慌てて引き止める。すると、

 

 

「そっか…」

 

 

切ることを思いとどまってくれたらしいニノミヤが、電話の向こうで、

 

ふぅ…

 

かわいらしいため息をひとつついた。

 

今度こそ慎重に、穏やかに、

 

 

「これからって…いつ?」

 

 

心して尋ねれば、

 

 

「こ…れから、すぐ」

 

 

少し固い声が、難題をぶつけてくる。

 

 

「すぐ…か…」

 

 

しばらくの沈黙の後オレは、

 

 

「いいよ」

 

 

ふたつ返事でその案を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

「マジか…」

 

 

そう呟いて、放心していたのは僅か5秒ほどだったと思う。

 

 

「やっべえ、全然時間ないじゃん」

 

 

枕元の目覚し時計に再び飛び上がり、転げる様に階段を駆け下りて飛び込んだ洗面所。後ろ手に締めた扉は、勢い余って、

 

バタン!

 

派手な音を家中に響かせた。

 

シャワーを浴びる時間もない。

とにかく、夜の約束はキャンセルだ。

 

 

「まったく何なんだよ突然に…」

 

 

ブツブツと文句をいいながら覗いた鏡の中には、随分とだらしなく目尻を下げた自分がいた。

顎を引き、目もとを引き締めて、髪にムースを馴染ませる。手首に香水を振るとその腕で首筋を擦った。

いちばんイケてるカットソーに、いちばんイケてるダメージデニムを迷わずハンガーから剥ぎ取って急ぐ玄関。靴箱を開けて、

 

 

どうしよう…

 

 

オレははたと立ちつくした。

 

 

どれだ?どいつだ?

 

 

オレの目は、いちばんを探してさまよう。

 

 

「あら、デート?」

 

 

そんなオレの背中にコツンと当たるおふくろの声。

 

 

「ちっげぇわ、呼び出されたの、ニノミヤに」

 

 

なんだか秘密をのぞき見された気分で、咄嗟にガキみたいにムキになって言い返すと、

 

 

「あら?」

 

 

目を丸くしたおふくろが、

 

 

「デートならそれがいいんじゃない?」

 

 

と、一足を指差す。

 

 

「え?これ?」

 

 

オレは少しの抵抗を滲ませながらも、そいつのかかとを掴んで足を突っ込むと、玄関を勢いよく飛び出した。

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトンガタンゴトン…

トクトクトクトク…

 

ぼくの鼓動と車輪の音は、まるで輪唱しているみたい。

休日の夕暮れ時の静かな車内。上りの電車に人はまばらだ。

乗り慣れた黄色い電車のドアに寄り添うように立って眺める外の景色は、いつもとなんら変わりないはずなのに、高架から見下ろす連なる屋根屋根は、夕日にキラキラキラキラ、ぼくの恋の船出を祝福する水面みたいに輝いている。

見慣れた景色がこんなに美しいのは、きっとこの先にあなたが待っているからなんだ。

 

 

…今日、ぼくはあなたに会える。

 

 

こみ上げる笑顔が恥ずかしくて、誰が見ているわけでもないのに、ぼくはドアのガラスに額を付けてうつむいた。

 

 

 

 

 

 

走れ!走れ!

オレは自分にムチを入れるように心の中で繰り返す。

西の空に滑るように沈んでゆく秋の太陽に負けじと腿を上げる。

息があがって苦しいのに、頬を撫でる風にもきみを感じて自然に笑顔が溢れだす。

券売機のボタンを連打してひったくるように掴んだ切符が、今日はキミへの特別な招待状だ。

電車は小洒落れた街々で、人々を落としては拾いを繰り返して都心に向かう。目に映る人はみな幸せそうで、オレと同じように恋をしているのかと錯覚してしまいそうだ。自分がしあわせだからって、オレってこんなに単純だったかと自分に呆れる。

キミに会ったらどうしよう。

近頃話題の店をひとまわりしたら、おしゃれなあのカフェでお茶を飲もう。

キミの好きな紅茶は何だろう。

ぼくのお薦めはね…なんて、小さなメニューの上で頭を突き合わせて。店を出たら並木を一緒に歩いて、それから……それから…

オレは、これから降り立つ街の風景のそこここにふたりを混ぜ込んでは、こみ上げるよろこびに身悶えそうになる。

 

 

…今夜キミに、オレといて楽しいと感じてほしいんだ。

 

 

気付けば、中吊り広告のお堅い文字に向かって、ニコニコ微笑みかけていたオレは、誰にも気付かれないように、ひっそりと頭を垂れたのだった。

 

 

 

 

「改札出たらそこにいろ、動くなよ?」

なんて、ほんと過保護なんだから。

くすぐったい言葉を頭の中で反芻しながら、ぼくは言われたとおり改札口に突っ立ってあなたを待つ。

きっと、どこぞのヒーローみたいに、ぼくの目の前に舞いおりるあなたを思い描いて、ぼくの胸は前にも増して、トクトクと大きく鳴りはじめた。

 

 

 

 

こじ開ける勢いで扉から弾け出て、ステップを幾段も飛ばしながら階段を駆け上がる。遠目に見る改札口がどんなに混み合っていたって、オレにとってキミを見つけることなど、いとも簡単だ。

だって、ぼくの視線は君だけを捉える特殊機能を備えたレーザービームだし、だいいちキミは誰よりも輝いている。

だからほら、

 

 

見つけた!

 

 

もう、優しく抱き上げて拐ってしまいたい。

 

本物のキミを見た途端、温かく柔らかになってゆく気持ちを抱きしめて、オレはキミの前に立った。

 

 

 

 

 

 

「急に呼び出してごめんね?」

 

 

肩で息をするオレを見て、ニノミヤは心配そうに眉を下げた。

 

 

「いや…」

 

 

オレはいっそう大きく息を吸って、

 

 

「電話…うれしかった」

 

 

ニノミヤに笑顔を向ける。

するとニノミヤはいつも潤みがちな瞳をさらに潤ませて、

 

 

「ほんとに?」

 

 

白い耳をピンクに染めて俺の瞳を伺うように覗く。

 

 

「うん」

 

 

オレはただ深くうなずいた。

 

 

 

 

 

いつの間にか夕闇に包まれた街に、翔くんはぼくを気にかけながら、足を踏み出す。

すぐ前を進む翔くんの、チラチラと振り向く笑顔は精悍で、うっとりするくらいカッコイイ。

数度目にその笑顔にぶつかった時、ぼくは思い切って言ってみた。

 

 

「めちゃくちゃドキドキしたんだよ?電話するの」

 

 

ほんとはそんなこと言うつもりじゃなかった。だって、恥ずかしい。

だけど、翔くんが、「嬉しかった」って言ってくれたことが、ぼくに勇気をくれたんだ。

 

 

 

 

ニノミヤは屈託なく笑うけど、その目元は照れている。

そんな横顔を見ていたら、オレの中でカタカタと音をたててパズルが解け始めた。

ついさっきまで、伝えられなくたって構わないなんて思っていたキミへの気持。今は、素直な気持ちをそっと差し出したなら、ふたりの恋は始まる。そんな予感がする。

 

同じ気持ちで見つめ合う。

そんな夢みたいな場面にオレは…

近づきたい。

 

 

 

 

すれ違うのさえひと苦労な人混み。ずっと先まで真っ直ぐに続くケヤキ並木の中央を貫く車の列にはチラホラと小さな明りが点き始めている。

行き交う人と肩がぶつからないように、ぼくの腕や背中に時々触れて、翔くんはうまいことスムーズにぼくを前へと進めてくれる。その触れる指先がくすぐったくて、ぼくはついつい首をすくめてしまうけれど、それはとても心地よくて、ぼくの不安を溶かしてゆく。

まだまだ心に仕舞っておこうと思っていた翔くんへの気持。でも今は、素直に頷けば、ぼくたちの恋はきっと始まる。そう思えるんだ。

 

想いを寄せ合う。

そんな夢みたいな時間にぼくは…

近づきたい。

 

 

 

 

休日の人と音で溢れる通り。

気付けば、最初に寄ろうと考えていた店は、とっくに通り過ぎていた。

でも今はもう、そんなことはどうでもいい。

 

 

「ちょっとのど渇いちゃったな」

 

 

どれくらい歩いたか、駅からだいぶ離れて、人混みも少しこなれ始めた辺りでニノミヤが口を開いた。

 

 

「そうだな」

 

 

オレの頭の中には、もう何のプランも存在しない。

 

 

「この路地、入ってみようか」

 

 

ももいろのほほをつやつやさせて笑うキミに従うよ。

キミとふたりで歩く。

それ以上にイケてるプランなんてありはしない。

流行りのものも、気取った場所も、なにもいらない。

ただキミとふたり、いつまでも、でどこまでも、キミだけを感じていたい。

 

やがて茜色の空は紫紺に変わり、都会の空にも星が瞬きだす。

 

だけど…

オレのキラ星は、ここにいる。

 

 

「今夜、電話していい?…今度はオレから…」

 

 

そう尋ねればニノミヤは、すぐにオレを見上げて瞳を潤ませる。

 

 

「ほんと?そしたら明日はぼくが…」

 

 

すぐさまそう言いかけて、ほほを赤らめた。

 

 

「んじゃ、あさってはオレが」

 

 

続ければ、

 

 

「え…え?…」

 

 

ふいに立ち止まって目を泳がせる。

そのわかりやすい動揺っぷりに、オレはなんだかほっとしていた。

だって、涼しい顔をしているオレだって本当はキミと同じだから。

キミとオレとの新しいページが繰られようとしているこの夕闇に、気持ちは昂ぶっている。

 

 

「のど、渇いたんだろ?何飲もうか」

 

 

「コ…コーラかな」

 

 

コーラ?

ニノミヤって、普段コーラなんて飲んでたか?

 

オレは首を捻るけど、

 

 

「お、自販機あるよ?」

 

 

少し先の道端に赤いボックスを見つけて指差した。

キョロキョロと見渡すニノミヤの手を引いて歩き出す。

 

 

「え…しょお…くん?」

 

 

オレは振り向かない。

ただオレの手の中で、キミの丸い指先がやがてそっと添うように動くのを感じる。

その微かな動きが、オレたちをまた少し近づける。

 

オレは、自販機がガコン…と音を立てても、ニノミヤの手を放すことはなかった。

 

 

 

 

fin

 

 

 

    special thanks for na‐ju