多賀城からは2時間半はかかると思っていたので朝5時に出る計画。

息子にはおかーちゃん明日は仕事で寝てる間に出発するから起きたらいないよ。ばっぱの言うことをよく聞いてちゃんと朝ご飯食べてね。と説明。

前日に息子の好きなポトフを準備して「朝は適当にパンでもやってください。」と義母にお願いした。


朝5時。

おにぎりをにぎっていざ出発。外は真っ暗。

一応被災者と言うことで、三陸道は無料。多賀城から見えた仙台方面の夜景はとてもキレイでした。

三陸道を最後の登米東和で降り、旦那に右に曲がると沿岸に出るよと聞いていたのであえてそっちを通って向かった。

山道をぐねぐね進むと南三陸町に入った。

山道を走っていたはずが、急に津波の被害にあった家屋が見える。


驚いた。


あれ?何これ?津波の被害?

えっ?私山道走ってたよな。

えっ?えっ?ここは山じゃないの?どういうこと?


どんどん進むと分かる。

南三陸町は山と海が一緒の町。


こんな高さまで津波がきたんだとあっけにとられた。

少し進むとすぐに海に出た。

するとTVで何度も見た鉄骨だけの防災センターの前に出た。


LOVES JACK

この辺もだいぶ片付いてこんな感じなんだろうな。

何もない所にただ道があって、観光バスが何台も気仙沼方面に向かっていました。

ボランティアの方がたくさん乗っているのかな?なんてぼんやり思った。


そしてここを過ぎるとまた山道。

「ここまでが津波浸水予想区域」なんて標識をいくつも見かけた。

震災後につけたのかな。早いな。


しばらくすると気仙沼にはいり、社会福祉センターに向う途中

気仙沼の漁港付近が見えた。

建物の中身はカラッポ。

被害の大きかった場所は地域に限らず、そのままになっている所が多いなと思った。

そんな場所が数えきれないほどあるのだから当たり前なのだけど。



そして8時前に到着。


8時半から受け付け開始。

少しづつ人が集まり始める。


土曜日だから結構いるのかな?と思ったけど、私が想像していたよりは少なく、あとから名簿のようなものを見たら30人ぐらいの参加だった。

もちろんツアーや他のボランティア団体など別で動いている人はたくさんいると思いますが。




受け付けが終わるとオリエンテーリング。

1日の流れ、ケガをした場合具合が悪くなった場合、地震が起きた場合などの話。

その後マッチング。

今日どんな作業が何件あって、何人が必要であることが説明された。

天井・壁はがし2件。出来れば男性がいいです。

その他泥かき・瓦礫の撤去1件。

写真の洗浄1件。



私は泥かき・瓦礫の撤去に手を挙げた。



震災から8か月も経つと、どんな道具がいくつ必要かチェックリストにされているんですね。

それぞれグループに分かれ道具を車に積み込み、準備出来次第乗り込んだ。