一昨日、「おねえちゃん(Sさん)」と会って

色々思う事があった

 

Sさんの話の中で

歳のせいか、ワタクシの様な「死別」とか

「離婚」とか「介護(家族)」の話を聞くことが

本当に増えた、と言っていた

 

聞いていて、かなり興味深く感じた

 

例えば、別れたご夫婦の話。

Sさんにとっては趣味仲間の方で

夫婦とも、その「趣味の会」に来ていて

とても仲睦まじい、と思っていたのに

いつの間にか「離婚」となっていたそう。

先日、妻の方と会う機会があり

(ワタクシより少し年下位の方だそう)

ゆっくり話を聞いたところ…

ワタクシは詳しい事情は聞かなかったが

そのヒト曰く、

”別れるというのは、いっそ「死別」の方が

夫に対して良い思い出ばかりになるので

その方が良かったかもしれない

離婚した夫への恨みの気持ちがどうしても消えず、

今は、30数年間の自分の時間を

返して欲しい、という気持ちでいっぱい”

なのだ、という

 

 

「自分の時間を返して」という発想は

ワタクシには無い

旦那さんとの時間がもっと欲しかった、とは

思っていても。

 

勿論、生きている(一緒に暮らしていた)時は

お互いを不満に思う事も沢山あったし

腹立ちまぎれに

”先にダンナが逝ってしまえば清々するかも”

なんていう想いが

頭をよぎった事もある(今考えるとオソロシイけど)

 

でも、それは「日常」として

結構アルアル、だと思う

 

時に憎たらしいと思っても

基本、旦那さんを頼っていたし、信じていたし

やっぱり、、、「好き」だったと思う

(正直、今の方が”大好き”な気がしているw

 旦那さんが居なくなって、今、

 自分でもこんなに旦那さんが恋しいと感じるのが

 不思議な時も、ある。

 それこそ、そのヒト↑じゃないけれど

 死別した事で「恨み」が消え

 良い思い出ばかりが残ったせいで

 あらためて旦那さんの良いところばかりが見えてきて

 ”普通に好き→大好き”に変わったのかも、と

 言えなくもない、ような…(;´∀`)カナ?)

 

 

相手が生きていればこそ

別れる迄に至った事情(記憶)は消えることなく

ずっと「恨み」が残り

幸せでもあった筈の結婚生活の中の自分の時間を

「返して欲しい」と思う、、、

の、だろうか?

 

 

「何が良くて、どっちのほうが悪い(可哀想)と

 言い切れないのかな、って思った」

と、Sさん(おねえちゃん)が呟いていた

 

 

ワタクシも、

自分が「死別で良かった」とは

決して思っていない

 

だけど

 

「時間を返して」というのは

結婚自体を無かったことにしたい、という事?

結婚生活は「損」だった、という事?

 

別れて、そんな風に「恨み」が残るのは

哀しいなぁ、と感じた

 

 

 

旦那さんなら、

どんなコメントをするだろう?

 

急遽、お誘いいただいて

ワタクシが「おねえちゃん」と慕っている

古くからの猫友Sさんと、

昨日お寿司デートが叶った

 

すかいらーく系の回転寿司だけどw

でも、結構美味しくいただきました~

食べ過ぎ(;´∀`)勿論しっかり飲んだw

 

ラストのデザート(コーヒー)は、

別の近くの喫茶へ。

 

おねえちゃん(Sさん)とは

去年の7月に会ったきり。

このブログを始める前、別のSNSにモソモソと

綴っていた文章を、ずっとひとつひとつ

丁寧に読んでくれていたヒト。

(このブログの存在は伝えたけれど

 URLは教えていない)

 

 

この1年、「長い」とか「短い」とかの

感覚は無かったけれど

”この間会って、ちょっと間が空いた”程度の

気持ちだったので

いつの間にそんなに時間がびっくり?!と

驚く。

 

時間の長短って、

シチュエーションで随分感じ方も違うのだな、と。

 

 

誕生月だけど、誰にも会っていなかった、と

(連絡もしなかったけれど)

気持ちのどこかでスネていた自分を

思いっきり甘やかして貰った気分飛び出すハート

 

 

今までの事を知っていてくれて

何の気がねもなく話が出来る人が居る

その事の贅沢さを

今は前より理解出来ている、と思う

 

付き合いの広いヒトだから

この1~2年で、

ワタクシの他にも、

死別した人、離婚した人など

様々居たらしい

 

ほんと、懐の深い人だから

話を聞いて貰いたがる人が

列をなしているというか

なかなかサシで会う事が難しいのだ泣くうさぎ

 

おねえちゃん自身の家庭は安泰の様だけれど

実家の問題や、体調など

別のトラブルは抱えている、のにね。

 

それぞれの方の悩みや考え方を

ちょっとだけダイジェストで聞かせて貰う

今の自分には

それぞれの感じ方の違いも味わい深いというか

肯定も否定も超えたところでの感慨、

の、ようなものがあった

 

 

帰り際、

近くにある、おねえちゃんの「お墓」も

見せて貰った(他所のお家のなので大分ボカしてます)

 

最近、建立したばかり。

 

まだ、誰も入ってませんーーーてへぺろ

 

先代猫と、今の猫。

おねえちゃん、と、旦那様。

みんなで入れる、自分達だけの「お墓」を

作ったのだ、という

いずれは合葬されるが、それで良い、と。

(先代猫のお骨はまだ自宅にあり、誰かが入る時に

 一緒に納骨する予定、だそう)

 

 

ひとりで過ごす時間ばかりが流れていて

それはそれで、、、と思っていたけれど

こうやってヒトと会うと

違う風も吹くのだな、と

ちょっと新鮮な気持ちになった日だった

バイトの帰り、

旦那さんにちょっと似た人を見かけた

 

ドキッとする程には似てなくて

でも、体つきとか着ているものとか、風情?

ああ、ちょっと似てるな、、、って。

 

ジロジロ見るのは失礼なので

さり気なくそのまますれ違う

 

 

だけど。

 

すごく久しぶりに

旦那さんっぽい姿を見て

「自分の目」が、

とても懐かしがっているのを感じた

 

そりゃそうだ

もう1年以上、この目で旦那さんを

見ていないのだから。

 

夢でも、もう滅多に逢えないし

(たまに、”アレ?旦那さん、夢に出た?”って

 目が覚めて感じる事はあるのだけれど

 肝心の夢をまったく記憶していない事がほとんど)

 

見る事が出来るのは

写真だけ

 

小さく、平面に切り取られた姿。

 

 

ちょっと、切ない。

 

 

 

生きて、実体があって、体温があった

旦那さんのカラダは、もう、無いんだ