フランスの”将軍” ジネディーヌ・ジダン。
フランスW杯の決勝でブラジルの夢を砕いたそのヘディングが、8年後の自分の現役生活にピリオドをうつヘディングに変わるとは誰が予想できたでしょうか。
サッカーの神”ペレ”が登場した開会式。神の登場で刻み始めたドイツW杯の秒針。
20万秒以上の時間をかけてたどり着いたファイナル(決勝戦)。
W杯を現役引退の場に選んだ将軍は、神が刻む時間によるフィナーレを良しとせず、自らの手で自らの現役生活を終わらせる事を選んだのです。
クリスティアーノ・ロナウドの叫び
キューウェルの鬼気迫る表情
ガットゥーゾの背中
バラックの意識
カカの情熱
ルーニーの怒り
ベッカムの誇り
ファンニステルローイの焦燥感
ドログバの奮闘
川口の気迫
そして中田英寿の涙
数々のドラマを生み出したドイツワールドカップ2006。
カテナチオから解き放たれて開いた扉からでてきたのは鋭く切り裂く青い剣。
イタリア代表の優勝で幕を閉じました。
静岡県のとある街。
しんこ・よっこ・かっぺという三兄弟とヒロ、シンバタ、シンゴ・・・そして自分。
自分がはじめてサッカーをしたのが小学校1年生の時。
よっこの部屋には奥寺さんのポスターがありました。
しんこの家の庭で、朝から晩までこのメンバーでボールを蹴っていました。
片方のゴールが倉庫のドア。
もう片方のゴールが駐車場の壁。
コートの広さは全長20m程で、幅は4mほど。
とても狭い狭いコートでした。
玄関と併設しているその庭には玄関に1本の柱があって、それも
コートの中にある障害物として認められていました。
このサッカーは僕が転校する小学校6年になるまで6年間
かわりなく日々行われていました。
あの頃の僕たちのサッカーは、ひたすら反復ダッシュの繰り返しの
ような走るサッカーでした。
ワンタッチだらけの、フラッシュパスサッカー。
走って走って狭いコートを走りまくる。
走る先にとにかくボールを蹴りこむサッカー。
そこに向けてとにかく走る。
今の若い世代がうけている英才サッカーではなく、シンプルにキック&ゴーの
サッカーでした。
全員がストライカー。
全員がゴールキーパー。
狭い空間でボールを扱う事をサッカーの全てだと信じ、
ボールを蹴ったらキーパーも含めて前に走るものだと信じ、
ボールを奪われたら全員でゴールに張り付いてコースを消すものだと信じ、
そしてタイムアップは日没だと思ってひたすらサッカーをし続けたあの頃。
じゃり道の上でオーバーヘッドキックをして頭から落ちた事もあった。
ドライブシュートを覚えようと、必死にトゥーキックをしていた事もあった。
カーブをかけるために、小石を必死に蹴った事もあった。
中田英寿の引退メッセージを読んで、思い出しました。
これらのことを。
中田英寿不在のサッカー界なんて、自分の中でこの15年ありえませんでした。
その彼がいなくなった今、自分の中に大きな穴があいてしまった事も事実です。
FORZAガッツリーゾからはじまった当Blogですが、中田不在の今、
この先、どのように続けていけばいいのかちょっと行く先を見失っているような気もします。
それだけ、自分のサッカー人生においても彼の存在は大きかった。
尊敬するDAIさんも中田引退によりBlog閉鎖。
彼は中田を通じて日本人らしい日本人を探していたと言い残しています。
自分もまた、中田英寿を通じて子供の頃追いかけたサッカーボールを探していたような気がします。
その彼がいなくなった今、正直、モティベーションを維持しながら
当Blogを続けていく自信がないのも事実です。
たぶん、自分は何かを待っている。
そんな気がします。
大好きだった何かを。