キリシタンのことを考える時の永遠のテーマ。
なぜ命をかけてまで信仰を捨てないのだろう?
外国人の目から見た日本の禁教は、原作とはまた違う感想を持つこととなった。
ただただパライソ(天国)に行きたい。
先の見えない貧しい生活には希望も未来もないから来世は救われたい。
現在への絶望が形のない信仰というものにすがる強い想いになったのかと。
なぜキリシタンはあそこまで頑ななのだろう。
村を出ることも少なく広い世界を知らないから?
日本の役人の拷問はおぞましい。
同じ人間とは思えないほど。
そこまでさせる形の見えない信仰、人間の想いの恐ろしさが迫ってきた。
信じている神は沈黙し苦しみは続くのに彼らは救われたのでしょうか。
この時代をもっと知りたいと思う。
100年後に偶然にも近くで生活している者として。