神戸の幼馴染が私の熊本の投稿を会社のfacebookでシェアしてくれました。

https://www.facebook.com/omakaseypp/

 


::友人の投稿抜粋:::
お互い高校1年生の時に阪神大震災にあいました。
その時に同じ高校に通っていて、高校が避難所になっていたため
色々と思うところはあったものの
積極的にボランティア活動に参加できていなかった、
というのが事実です。
あんなに近くに人の助けとなれる場所があったのに、
1歩を踏み出すことができませんでした。
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阪神淡路大震災の時に通っていた高校が避難所になっていた。
お恥ずかしながら、私の記憶からすっかり消えていました。
正直あまり思い出せない・・・ アバウトすぎる自分に苦笑


火災で焼け野原になった長田の風景と
(申し訳ないけど)行き場のない汚い中古衣服物資の山が
私の記憶の中ではものすごくインパクトに残っています。
そういえば、毎朝体育館を気にしながら通学していたような、
しないような。


自分が「やりたいと望むこと」は
思い出せないような色んな記憶の積み重ねなんだろうなって思いました。



昨日とあるフィリピン人の支援活動をする「利益」は何かという問いに


フィリピンのゴミ山訪問が私の初めての海外経験であったこと(当時18歳)
神戸の経験から人の役に立ちたいという気持ちがあること


の経緯を伝えたらとても共感してもらいました。


伝わりやすいのでこのトピックスをよくお話しますが、
どちらかというと、理由なんてなくて
純粋にそれが好きというか、
なぜか知らないけど魂がやりたがるというのが、
しっくり来るような気もします。

 


私は会社員時代に自分がやりたいことを
ずっと押し殺していたこともあり、
「やりたい気持ち」に理由を探そうとするんですが、
理由を探しすぎると「見つかりかけたやりたい気持ち」
も逃げていくような感じもします。

 


正直、フィリピンの活動を続けるのは
頭で考えると苦労が多すぎて
やりたい理由探しては
バランスとろうとしてます。

 


あんまり理由を探しすぎると足が止まってしまうので
よく苦しんでいます。
やりたいことをもっと自然体に
考えすぎずに動き続けたら楽だなー。
みなさんどうしてるのかな。