その日に自分だけで溜め込まずに、
伝えた、共有できたことは何か何より私が楽になった。
謝ってこられたんだけど、
早口でまくしたてるように謝られて、
理解に時間を要した。
ってかさ、もうその時点でこっちは聴く耳持たなくてよかったのかもしれない。
そう思う。
でも、意味がわからないままなのは気持ち悪いので、
数回反復して意味が落とし込まれると、
あーやっぱり的外れなこと言ってるわこの人。
聴く耳持たなくてよかったなこれは。
即反論してグゥの根も出ないくらいに的確に言えればこんな気持ちいいことは無いよな。
「あなたが悪気があるとか無いとかは、どうでもいいことだよ。
それより、それによって◯◯が出来なくなることがいけないから、ちゃんとして欲しいんだ」って言えれば100点の解答なんだよね。
これは常識的では無いとは思うことだけど、
一番私が成仏させたかったのは、上のような理性的なものではなかったんだ。
「そんなことされたら悲しいよ」
「とても不自由な条件の中でやっているのに、カンタンに潰さないで欲しいよ」
というのが、成仏させたい思い。
理性的な模範解答は後になって出てくる。
仕事していく上で、
その模範解答が必要。
どちらも伝えられたらパーフェクトだけど、
私は持てるベストは出せたと思う。
こんな風に前は捉えられなかったから、
成長したなと我ながらに思う。