こんにちは〜!

今日ぼーっとしていて、ふと頭に降りてきたことがありました。

備忘録として書いていきたいと思いますので、興味のない方はスルーしてください。


それは母との関係のことです。

わたしは母に対して幼い頃から許せない部分がたくさんありました。

何が許せなかったのか?




・躾と称して叩かれたり蹴られたりしたこと

・暴言が酷い(役立たず等)

・成績やテストの点数にやたらうるさかったこと

・母自身が家で常に不機嫌、しかし外面は良い

・いつも余裕がない(経済的、肉体的、精神的)

・過干渉(彼氏ができると生理がきているか毎月切れ気味に確認してくる等)




書き始めたらキリがないなぁ〜笑

出る出る笑

こういうことが色々と許せませんでした。





ちなみに最後の生理確認ですが、私が男遊びしてるってんならまだ分かりますよ?

そういう奔放なタイプの女だったら。ビッチなら。

だけどね、自分でいうのもなんですが私は自他共に認める真面目なタイプの人間です。

男性とお付き合いする時は常に誠実に付き合ってきました。

でも母は信用出来なかったのか分かりませんが、突然キレながら問い詰めてくるんですよね。

「あんた生理きてんの!?」って。訳わからん。





とにかく本当に昔から母親が苦手で仕方ありませんでした。

高校生あたりから人間として母が無理になってきました。気持ちが悪くて仕方がなかった。





何でもない時に昔母にされて嫌だったことが蘇ってきて、ますます母を嫌いになっていきました。

私が結婚してからもやっぱり過干渉で、一時期母を着信拒否したりしていました。





親子関係って誰しも少なからず悩むと思うのですが、私も母との関係は一通り悩んできました。



母を許したくても許せない 

私にあんな酷いことをした

私はこんなに傷ついた



心の中で何度も母を許そうとしても、これって理屈じゃないんですよね〜。

そう思いたくても思えない。

理解したフリ、分かったフリは出来ても心の奥底ではやっぱり納得していなくて母を許せない。

何年も何年もずーっとそう思って生きてきました。



余裕がないお母さんが嫌だった。

いつも顔は険しくて、私たち4人の娘を育てるために必死で働いていた。

ため息ばかりついていた。



私は母が楽になるように、母が喜ぶようにお手伝いや妹の世話、勉強を一生懸命頑張っていました。

でも母はやっぱり辛そうで、幼かった私はどうすることも出来ない。




いつからかわたしは思うようになりました。




わたしは母親の負担になっているんだ

わたしが居なかったら母はもっと穏やかに楽に生きられたんだろうな

わたし、居ない方がよかったんだろうな…





こう思うようになったんですね。

お母さんの不幸せ🟰私のせい

みたいな構図が出来上がっていました。

わたしは母に笑ってて欲しかったんですね。



うーん…

ずっとこんな感じのモヤモヤがあって、表向きは母とうまくやっているようでも、それでも心の奥の方に澱(おり)がありました。



長い事もがきながら生きてきたのですが、今日ふと腑に落ちたことがありました。



お母さんは確かに私に酷い接し方をした。

私が傷ついて当然のことを言ったし、恨まれて当然のことをした。

毎日毎日疲れて辛そうな顔をしていた。



でも


私のことを愛していたからあんなに辛そうだったんだな、と思ったんです。

お母さんがあんなに必死で疲れ果てるまで働いていたのはやっぱり私たち子供に不自由をさせないためで。

そのために外では笑顔を貼り付けて一生懸命働いて、その反動で家では不機嫌で。

私はその不機嫌が当然辛かったけど。




でも不機嫌でキツそうで常に一杯一杯な母の根底にあった思いは、私への愛情だった。

愛しているからこそ一生懸命だった。

一生懸命すぎて、それが私には「ただ辛い」に見えてしまったけど。

だけど根源には確かな愛情があったんですね。





こう書いてしまうと呆気ないのですが、やっと腑に落ちました。

以前の私なら「お母さんも必死だったんだよ」とか言われても「だからって私に暴言を吐いていいの?!殴る理由になるの!?許せる訳ないでしょ!!」って突っぱねて終わっていました。





でも自分が子供を産み、親になって分かったことがたくさんありました。

子供に穏やかに優しく接したいのに、それが出来ない葛藤。

身体がしんどくて休みたいし眠りたい、でも子供の世話をしないといけないから休めない。

すごく愛している、でも時々物凄く憎たらしくなる。

一緒にいる時間はかけがえがないものだと分かっている、でも離れたくてどうしようもない時がある。




何よりも大切だし、愛している。

確かに愛しているんだよ。

それはそうなの。

だけどね…




以前のわたしはこの「だけどね…」が分からなかった。

どれだけ説明されても分からなかった。



でも自分が子供を産んで育ててみてやっとわかりました。

分かったというか、腹落ちしたとか、腑に落ちたの方が正しいかもしれません。



理想は常に子供に穏やかに笑顔で接してあげたい。

そうしてあげたいんだけど。

でもやっぱりただの欠点だらけの人間で、うまく出来ない。

一生懸命頑張っているんだよ。

だけどその頑張りさえも空回りして、イライラしてしまう。




母はこんな気持ちだったのかな、など自分が親になって初めて母の心情に思いを馳せたのでした。

やっと「わたしは母から愛されていた」と純粋に思えたのでした。



でもわたしのことを愛していたとは分かっても、母の行動が全て良かったとは思いません。

母を許すといっても、仏様のように全てを受け入れることは出来ません。



やっぱり命の危険とかがない限り、子供に手をあげちゃいけないですよ。

痛みの記憶は身体にしっかり残ります。

あと親も悪いことをしたな、と思ったのなら子供にちゃんと謝らなきゃいけない。

「愛している」と思うなら言葉でちゃんと伝える。意外と子供に対して素直じゃない親が多い。

そして親自身が人生を楽しむ努力をする。

どうしても子供優先になりますが、わたしは親が自分優先で上機嫌でいてくれた方が子供は幸せだと思います。



これらのことは母が反省すべき点だったし、わたしも反面教師にしてかなり気をつけています。





こういった行動は良くなかったよねと認めつつも、それでも母なりに一生懸命わたしを愛していたことは紛れもない事実です。

当然全てを許せるわけじゃない。

でも自身が親になって、一つ上の視点から物事が見れるようになった気がします。

言い方はおかしいかもしれませんが、母を他人として見れるようになったかもしれません。



肉親だと思うと感情が思いっきり入ってしまって腹が立ってしょうがないことも、赤の他人なら流せることって多いと思うんです。

用はベッタリくっついていたところから、一つ距離を置いて母という人間をみることが出来るようになった感覚です。




これが、いわゆる自立なんだと思うのです。




30歳越えてやっと自立かい!って恥ずかしいんですけど🫣

当然まだまだ甘えている部分もあると思いますが、それでも大きな一歩を越えられた気がします。




そして母からの自立を一番促してくれたのは、やはり娘の存在です。

特に娘の火傷が大きなターニングポイントになりました。




人生は面白い。

点と点が線になっていく瞬間が、生きれば生きるほど増えていくような気がします。

そんなことを思ったのでした!










昨日の夕飯ですがバターチキンカレーを作りました^ ^

紹介します〜!









フライパンにバターを多め。







玉ねぎとニンニクのみじん切りを炒めます。










狐色になるまで〜。









トマト缶を投入!

ローリエも入れます。








鶏モモを適当に焼いて〜。









焼けたら投入!

塩胡椒、カレー粉も適当に入れまーす。








生クリームも入れます。

めっちゃ安くない??









少し煮詰めて🤏








最後に仕上げのバター!

完成!








わたしの定番、オムレツカレーの完成!

美味しかった〜!!



たくさん作ったので3日は持ちそう笑







じゃあまたね!^ ^