2年前の5月、当時小5の息子が事故で
歩けなくなってしまいました。
右足股関節脱臼という大怪我を負い、
ベッドで絶対安静の状態に。
巻き添え事故で小5の息子が歩けなくなり!2年経った今①事故当時
事故を機に生活が一変
病院で寝泊まり、子どもに
付きそう日々がスタートしました。
24時間看護の病棟とはいえ、
身動きのできない息子を
一人にしておくわけにはいかなかったので、
母親と交代で付きそうことにしました。
とはいえ、お互い仕事を持っているので、
どこで交代するか細かく考えてシフト表を作成。
病院に泊まって、会社へ出勤。
普段の通勤経路とは大周りの慣れない電車通勤。
大変だったのはお風呂と睡眠。
病院のお風呂は付き添いの人は使えないのです
なので、出勤前か会社帰りに自宅を経由し、
シャワーを浴びて会社または病院へ。
寝る時はベッドがわりにソファを倒し、
狭くて全く熟睡できない毎日。
いつも体がふらふら状態で、
なんとか仕事を乗り切っていました
ただ、そのころの私の精神状態はといえば
体は疲れてはいましたが、
きっと良くなると先生の治療を信じ
息子の悪い将来を案じるようなことは
ほとんどしていませんでした。
意識の向け方次第で、ネガティブなことが
展開するのは学んで知っていたので
狭い病室で子どもと一緒に過ごす貴重な時を
アニメを見たり、工作などをしながら
楽しんでいました。
息子はといえば、始めの数日は
24時間仰向けで動けないストレスで
可哀そうなくらい落ち込んでいました
牽引する重りが重く、外してほしいと何度も言っていましたが
ここで私が折れて、後遺症が残ったらいけないと
3日ほどは我慢させました。
その後、どうしても辛いと訴えるので
先生に確認後、重りを軽いのに交代してもらうことに。
結果にどう響くかは多少の不安もあったのですが
あまりに無理させても可哀そうだったので
軽くしてもらえて少しほっとしました。
そんな牽引状態で、ベッドで過ごす2週間が過ぎ。
CT検査。
結果を聞くまでは不安でしたが、
「順調に回復しているので牽引を外しましょう」
との先生の言葉に本当にほっとしました。
ベッドから降りてトイレも使えるようになりました。
車いすで病室外へ出る許可も下りて、病院内のコンビニへ行ったり、
他の病棟まで移動したりと気分転換もできるように。
そして2週間ぶりのシャワーも。
(脱臼は外傷がないので、息子の場合、股の腫れや色の変化は
ありませんでした。ただ、少しでも動かすと痛みがあり、一か月ほどは
右足をそっといたわるように扱う必要がありました。)
その後、基本は横になって過ごしつつ
ベッドの上で座って過ごす時間を
少しずつ増やしていくことがOKとなり、
学校のプリントなど勉強もできるようになりました。
ありがたいことに、学校の担任の先生が
心配して、何度も授業のプリントなどを持って
お見舞いに来てくれていたので
学校の進み具合がわかりました。
何より、親子ともども感激したのは
入院すぐに届いたクラスメートからのお見舞い文集!
各自1ページのメッセージとイラスト入り。
寂しいから早く戻ってきてといった言葉や
励まし、温かい愛のつまったメッセージに
息子をとりまく友情の深さを理解できて
うるうるしました


足は順調に回復し、リハビリもスタート。
病室にはリハビリの先生が来てくれるように。
小児病棟で良かったことがいくつかありました
・子どもの遊ぶ部屋があり、漫画、本やDVDの
貸し出しも可能。
・保育士さんがいて、日中遊び相手になってくれました。
工作好きの息子のために、色画用紙や色鉛筆などを
持って来てくれ、大好きなアニメ「銀魂」の作品がいくつもできて
病室が展覧会場のように。
・たまたま看護学校の生徒さんたちの実習期間で
介助や話し相手になってくれました。
・ケアリングクラウンが月に2回遊びに来てくれました。

ケアリングクラウンをしている友人が何人かいるので
そういった活動は知っていたのですが、
実際に病室で会うことは初めてだったので
クラウンと遭遇した時は私が感動
簡単マジックやバルーンアートで
楽しませてくれて、ボランティアでしてくれる
ことにとても感激してしまいました。
入院から4週間経ち、再度のMRI。
結果次第で退院が決まるので、
大丈夫だろうかとドキドキでした。
結果は、
「もう異常は見られないので、あとは
定期健診とリハビリを続けて
歩けるようにしていきましょう」
良かった!退院できる!
長かった病院生活からやっと家に帰れる。
と嬉しい反面、歩けない不自由な状態で
段差のある家で生活ができるのか大きな不安も。
体力も落ち、松葉杖でほんの数十歩移動するのが精一杯。
右足にはまだ力を加えてはいけないので
床に少しでもつけるのは厳禁。
一人で動けないので、誰かが常に介助する必要が。
車いす対応の家ではないので
家の中はどう移動すればいいのか?
まして、学校に行くことが、果たしてできるのか・・・。
学校はエレベータがないので、車いすは使えない。
校舎の3階まで、どう移動する?
荷物もたくさんあって松葉杖で階段は無理では・・・。
頭を抱えることがいっぱいでした
家で休養すること4日。
父母と相談した結果、
父母がそれぞれの仕事を調整して
朝と夕方の送迎を車いすでしてくれることに。
(炎天下の6、7月だったので、
二人には大変な思いをさせました)
そして学校内は松葉杖で移動。
荷物の運搬は先生にお願いしました。
送迎に関して、
父母から聞いた感動のエピソードがあります。
特に親友でもなかった一人の男子が
毎日朝の到着を一階で出迎えてくれ
荷物を教室まで運んでくれていました。
授業後も自分の荷物と一緒に息子のを持って
一階まで運んでくれました。
特に誰から頼まれたわけでもないのに
自発的にしてくれるその心意気にいたく感動。
大人の私でもそんなことなかなかできない。。。
なんて素敵なお子さんなんだろうと、
その男子のお母さんに彼の優しい行為について
伝えないといけないなと思い、
後日、父母ともども感謝している旨を伝え、
息子さんには心ばかりのお礼をしました。
入院生活は大変だったのですが、
病院の先生、看護婦さん、保育士さん
たちがとても優しく素敵な方ばかりで、
いろいろと感激、感謝の毎日でした。
退院後は、通った近所の整形外科の先生(初日にお世話になった)
やリハビリの先生がていねいに
親身になってお世話をしてくれたので
2か月ほどで片松葉杖で動けるように。
息子が好きなサッカーボールを使ったリハビリを
考えてくれて、リハビリ通いが楽しみになるほど。
初秋には2泊3日の野外学習も先生方や友達の協力で
松葉杖でなんとか参加。
秋の終わりには松葉杖なしで少しひきずるようにして
歩くことができるように!
自転車もその頃には乗れるようになりました。
そして、年末近くには軽く走ることができるようになって
サッカー部のウォーミングアップに参加できるほど回復。
春には長かったリハビリも終了。
事故から一年も経たずに、元の元気な走り回れる
体に戻りました!
約2年経った今、事故があったことを忘れるくらい
元気に外で動き回っています。
事故で日常生活がガラッと変わり
目まぐるしい日々でしたが
息子の友達、ママ友たち、親戚など
多くの方の支えで
なんとか乗り越えることができました。
お世話になったたくさんの医療従事者の方々。
献身的な看護のこと。
ここしばらく思い出すことがなかったのですが
あらためて振り返る中で感謝の思いが
湧き上がってきました。
今、入院生活を続けている方や、
ご家族を看護されている方いると思います。
心配や辛い思いをされているかもしれませんが
ぜひ周りの人を頼って乗り切ってください。
私も図々しくもママ友に付き添いを頼んだり
勇気を出して会社にお願いをしたり、
道を見つけてきました。
そして、万が一、股関節脱臼をしてしまったお子さんがいたら、
このブログの治療プロセスが少しでも参考になればと思います。