お米さんという、祖母より、もう一つ上の、ばあさんがいた。
層祖父の、後ぞえである。
そうそうふの、死後も、生き残り、父方の祖母は、お嬢様だったので手に負えずに、母におよねさんを、託して、実家から、車で、10分の距離に家を作り、薬店を開いて、逃げてしまった。
およねさんは、とっても、母にいじわるで、いつも、母は、およねさんに、いじめられていた。
雀を、かすみ網で、とって、食べるのだ。
当然のごとく、ひ孫の私たちは、およねさんを、いじめた。
雀の子を、とっては、逃がし、網を、はさみで、ちょんぎった。
およねさんが、この庭は、いじるな、!と言っても、無視して、庭を、壊した。
散々悪さをした、私たち。
およねさんに対して、スーパーマンのつもりだった。
いつ、およねさんが、死んだか?記憶にない。小学生のはずだ。
ぽっくりと、死んだ。
それから、数年だけ、四人水いらずの、家庭であった。
母も幸せだっただろう。
しかし、それも、長続きしない。
私が、中一の時、祖父が、心不全で、死亡。
その時、祖母は、実家に引き取られ、母の仕事は、薬店の送り向けとなる。
祖母は、まともに、料理も作れず、死ぬまでお嬢のままであった。
痴呆となり、最後まで、大変だった。
この祖母について、いい印象は、全くない。
死後に、 何を、残したのだろう?
何もない。まあ、父を、産んだという、ことが、
実家にとっての、メリットだったのであろう。
あやこおばさんは、戦争中、結核で、亡くなっている。
たった、15歳で。
ゆいこおばさんと、父のみ、生き残った。
父も、肺結核。
大変な時代だったらしい。
それにしても、、
およねさんの、インパクトの方が、祖母より強いのは、不思議な話だ。
何処の人だったのかも、知らない。
ただ、昔から、いた、ばばあである。