私の母方の祖父は、本当の、祖父ではない。
50歳で、勤務中、石が、落ちてきて、祖父の頭にあたり、頭がい骨陥没で、即死。
戦争中、8人兄弟が、次々と、徴兵に取られる中、最後に行き残った彼は、実際の、祖父の兄弟だ。
母が、2歳の時に、実際の祖父は、戦死。
そのあと、祖母が、再婚し、今の、おじを生み、長男は、愛知県に丁稚奉公で、出ていったのだ。
今も、あまり、愛知の叔父と、伊賀市の叔父は、仲はよくない。
私の幼少期の写真は、ほとんど、この、伊賀市の叔父に撮影されている。
母が、機械音痴だから。
祖父が、違うと聞いても、私は、少し驚いたが、やっぱり、この人が、私の祖父だ、と思う。
すごい、優しかった祖父。事故死なんて、悲しい。
そして、私に、幼い頃希望をくれた、母方の、祖母。大好きだった。
彼女のおかげで、日文まで、でたのである。
幼少期に、褒めてもらった唯一の、記憶である。
ミントは、本が好きだねえ。それじゃ、本を買ってあげるね。
優しい祖母であった。
才能ありながら、家が、貧しく、丁稚奉公で、奉公人生を、歩んだ祖母。頭脳明晰で、教師になれたであろうに。
残念であるが、短歌に、才覚を表し、死後も、短歌は、残っ ている。